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122、ハードな人生自慢?

「クッ、あれ? 俺はまだ死んでないのか」


 影武者さんの口に、白いえのき茸を放り込むと、彼はゆっくりと目を開けた。だけど、すぐ近くで起こった爆発に巻き込まれたから、酷い怪我だ。


「口の中に入れたものを飲み込んで! えのき茸……じゃなくて、スポンジの木の新芽だから」


(あっ、もう飲み込んでる)


 左肩の出血も止まっているし、熱傷のような顔の傷もスーッと消えていく。



「言われる前に、無意識に飲み込んでいた。スポンジの木の新芽だと? 貴族のお嬢ちゃんは、そんな物を持ち歩いてるのかよ。庶民には買えないぜ」


「いや、持ち歩いてるというか……生えてくる」


 私がそう明かしたときには、影武者さんは動けるようになっていた。立ち上がって、手足の動きを確認してるみたい。


「は? 何て言った? よく聞こえなかったぜ。しかし、自爆するとはな……。その方が効くと思ったんだろうが、ありえない作戦だ」


「あ、戦闘奴隷じゃないかって……」


「なるほどな、メリルの戦闘奴隷か。別の場所だが、同じ戦い方をした集団についての情報を聞いたことがある。自爆した後は、高位のリッチみたいなバケモノになって、他のアンデッドを強化したから、撤退するしかなかったらしい。あん? アンデッドはどこへ行った?」


 影武者さんは天井を見て、首を傾げている。黒い幽霊は、さっきのノキのキラキラで完全に消えたみたい。


「たぶん、私の守護精霊が浄化したんじゃないかな? さっき、天井がキラキラしてた」


「は? 守護精霊に、そんなことできるのか? マナの属性が違うから、ザッハの孤島の聖職者にも浄化できないと聞いたぞ?」


(マナの属性? うーむ、わからない)


「影武者さんの話が難しいんだけど、私の守護精霊はスポンジの木から生まれたから、対応できるのかも? スポンジの木は、マナの塊であり生命を生み出す源だから」


 もしかするとノキが、壺から出て来たモンスターを丸飲みしたから、かもしれない。他の世界のマナを取り込むチャンスだって言ってたもんね。



「なるほどな。だから、セレム・ハーツに選ばれたのか。そんな守護精霊がいるとは知らなかったぜ。守護精霊なんて、自然界にいる他の精霊とは違って、たいしたチカラを持ってないからな」


(あー、違うんだけどな)


 ユフィラルフ魔導学院の前で、私自身がついた嘘だから、今さら違うとは言えない。だけど彼の素性を明かすことは、絶対に避けなきゃいけないもんね。


「うん、私の守護精霊は、自分で最強だって言ってるよ。まぁ、うん、確かに最強に可愛いんだけどね」


「ふぅん、そうか……。しかし、なぜ俺を助けた? いや、まだ助かったとは言えないか」


 影武者さんは、地面に転がっていた石を遠くに投げた。


 カン!


(あれ? 何?)


 その石は、何かに当たったのか、乾いた音を立てて、空中で割れて落ちた。


 彼は同じことを、方向を変えて繰り返している。何度やっても、岩壁に届く前に、石が割れて落ちる。



「結界があるの?」


「あぁ、アンデッドが浄化されてなきゃ、今頃はヤバかったぜ。結界があると逃げられないからな」


「逃がさないために結界を張ったのかな。あっ、違う。自爆するから、海底ダンジョンに害が及ばないようにしたんだよ」


「メリルは、両方の効果を狙ったんだろ。海底ダンジョンを壊さず、そして俺達を確実に殺すためにな。空の星なら、結界を破れるかもしれない。しばらく待つか」


 影武者さんはそう言うと、ドカッとその場に座った。えのき茸1本では、全回復はしなかったのかな。呪いを受けていると半分しか回復しないんだっけ。



 私は、ちょっと、あちこち歩き回ってみる。


(痛っ!)


 ゴチンと頭が硬い物にぶつかった。完全に透明な、目に見えない結界みたい。



「ぷっ、おまえ、何やってんだよ? 頭が砕けるぞ」


(見られた!)


「壺があったら大変だなと思って、いちおう巡回?」


「ふっ、だっせ〜」


 影武者さんの表情が、初めてやわらかくなった。こんな顔で笑うんだ。あまりのギャップにドキドキしてしまう。



 そういえばさっき、彼は変なこと言ってたな。自分が死んでも問題ないとか……。なんか、気になってきた。



「影武者さん、今の生活が終わってほしいの?」


(あっ、マズイ……)


 彼の柔らかな表情に油断して、思わず聞いてしまった。一瞬で、怖い影武者さんに戻っちゃったよ。


「みかん、それはどういう意味だ?」


 彼の目は鋭い。だけど、ここでオドオドしたり誤魔化したりしてはいけないと、直感した。彼のこの目は、何も期待していない目だ。すべてを疑っている目だ。



「さっき、変なことを言って倒れたでしょ? ちょっと気になって」


「何か言ったか?」


「俺が死んでも誰も悲しまないって。だから問題ないって」


(おまえが無事なら何も問題ない、とも言ってたけど)


「あぁ、俺が弱音を吐いたか。まぁ、事実だ」


「でも、グリーンロード家の本家に仕えるんでしょ? お父様が近衛兵だから」


 私がそう尋ねると、影武者さんの瞳が揺れた。


(動揺したのかな)



「俺は、ただの冒険者だ。父親の後継は兄貴達だからな。俺は、どこに行っても利用される。ただの道具でしかない」


「どこに行ってもって、何かあったの?」


「は? おまえのようなお嬢ちゃんには……いや、エリザの妹にそれは失礼か。悪い」


「身分差なんて気にしなくていいよ。今は『フィールド&ハーツ』のユーザー同士じゃない」


「身分のことじゃねぇよ。エリザの妹が、その歳まで生き延びるのは、並大抵な努力じゃねぇだろ。暗殺者ギルドには、おまえの名前がズラリと並んでいる。懸賞金も高い」


「あー、そうだね。だけど、私には守護精霊がいるからね。でも、かなりハードだけど」


 私がそう返すと、影武者さんはフッと自嘲気味に笑った。この人、全然コミュ障じゃないよね?



「ハードな人生自慢なら、俺も負けねぇぜ。家に戻ると、兄貴達から剣を向けられるしな」


「私も似たようなものだよ。父親に呼び出されて本邸に行ったら、中庭で襲撃されたし」


「は? マジかよ? おまえの方がヤバイじゃねぇか。俺は、剣を向けられるけど、あくまでも威嚇だからな。あっ、じゃあ、これなら勝つぜ。この世界に来たときの死に方」


「何の勝負よ? 私は、バス事故だけど」


(りょうちゃんが、私の自殺を止めてくれたのよね)


「ふふん、俺の勝ちだな。俺は、実の兄貴に殺された。何のトラブルもなかったんだぜ? 兄貴と親父の横領を見つけただけだ。俺が大金を持ち逃げしたってことになってるらしい」



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