120、強制ログアウトを阻止しなきゃ
「おい、みかん! ボーっとしてんじゃねぇ。壺が見えてるか? 壺から魔物が湧いてくるぞ」
影武者さんは、私の近くに来てそう言うと、すぐにまた別のクローン人間に斬りかかっていった。
(マナに変わらないんだ)
メリル星から来た異世界人が造り出したクローン人間は、影武者さんが斬って倒すと、黒い幽霊に変わった。
この世界の現地人は、当たり前だけど、殺されたら屍が残る。そして、ダンジョン内のモンスターはマナに変わって消えてしまうモノがほとんどだけど、黒い幽霊にはならない。
(シャーマンの術っぽい)
私は、これまでにユフィラルフ魔導学院で、何度もシャーマンの術を見てきた。私のクラスが、シャーマン家の学生ばかりだからなんだけど。
シャーマンの術なら、あの黒い幽霊から術者を引き離さないと術は解けない。でも、術者って誰? クローン人間を造った人?
『あれ? 画面が消えた。いやん』
私が黒い幽霊に気を取られている間に、私の近くにいたゲームアバターがログアウトしたみたい。
(画面が消えたってどういうこと?)
『何なんだよ? 画面が割れたのか? どんなトラップなんだよ』
『あの人が戦ってるからじゃない? 助けてって声がして、それを無視すると呪われるみたいだけど、何なの? 誰を助け……あっ、画面が消えた』
『ちょ、何? 何のトラップ? なぜ強制ログアウトするの? 選択画面のバグ?』
ユーザー達は、どんどん集まってきて、互いにチャットをして情報共有している。その声は、念話のようにまる聞こえだ。
「おい、クソガキ!」
(ひゃ、影武者さんが怒ってる)
自分がメリルを潰すって言ってたのに、私が何もしないと怒るなんて、あまりにも身勝手な人ね。
異世界人が出した壺から、モンスターが溢れ出して、影武者さんを襲い始めた。でも、Aランク冒険者にはダメージは通らないみたい。やっぱり、彼って強いのね。
「おまえも働け! 魔物が邪魔すぎて視界が奪われる!」
(確かに、ダメージはなくても鬱陶しそう)
でも壺のモンスターは、ゲームアバターに討伐させるべきだよね。昨日、ここに繋がる洞窟で、専用武器がドロップしたみたいだもの。
ゲネト先生は、王族のカードのマナを回復させるためのアイテムを、『フィールド&ハーツ』のユーザーに作らせようとしている。ゲームアバターが関わると、不思議な変化が起こる現象を利用するのよね。
だから私としては、ユーザーのアバターが強制ログアウトされる方が気になる。強制ログアウトしていては、ゲネト先生が集めようとしているモノは入手できなくなる。
しかし、画面が消えるなんてこと、普通はありえな……あっ! そういうことか。
(黒い幽霊の仕業だ)
ユーザーが操作画面を表示すると、黒い霧が覆っていく。それによって、この世界とゲームが遮断されてしまうのね。
影武者さんにも、余裕がなくなってきたみたい。私がやるべきことは……。
私は、スゥハァと深呼吸をして、ゲームアバター達の方を向いた。
「アナタ達! 剣を持ちなさい! 壺から湧き出したモンスターを狩りに来たのでしょう!?」
私は、ゲームアバター達をビシッと指差して、強い口調でそう言ってみた。
『きゃぁ、かわいいよね。エリザの妹』
『でも、10周年イベの物語では、悪役令嬢だよね?』
『悪役令嬢の見習い中なんじゃない? エリザは闇落ちしたからね。あっ、この時代のエリザは若いんだっけ?』
(この人達、やる気あるの?)
私に聞こえているとは想像もしてないんだろうな。オープンチャットは、全部聞こえるんだからね!
「アナタ達に狩る気がないなら、私が狩る。文句は言わせない」
私はそう言って、右手に杖を出した。一時期、紛失していたけど、グラスさんが拾っていてくれたものだ。
杖に、魔力を込める。だけど、私が魔法を放つわけではない。
(ノキ、本当に食べるの?)
『あぁ、他の星のマナを取り込むチャンスだからな』
(乗っ取られない?)
『アタシを誰だと思ってるんだ? みかんが乗っ取られても、アタシは乗っ取られない』
ノキはそう言うと、全方位に一気に、透明なえのき茸を伸ばした。ユーザー達は、ノキが伸ばしたときの波動を、魔法の発動だと感じたみたい。
透明なえのき茸は、一斉にモンスター達を丸飲みした。
『うっわ! エリザの妹、半端ねぇな。ダークロード家なのに、魔導士かよ』
『10周年の物語に、エリザの妹は、魔法学校に通ってるって書いてあったよ』
『このままだと全部狩られるじゃん。私達の邪魔をする悪役令嬢ってことかもよ?』
『昨日のドロップ武器じゃないと、モンスターを倒しても魔石にならないんだよね? ガチャでいいのを引いたんだけどな』
『そうだね。エリザの妹の攻撃魔法では、魔石のドロップがないよ。特効武器じゃないと無理なんじゃない?』
ゲームアバター達は、剣を取り出し、画面を閉じていく。そして、壺からまた溢れ出したモンスターに向かっていった。
(うん、ログアウトしないね)
しばらく様子を見ていたけど、ゲームアバターの強制ログアウトは止まったみたい。画面を開かなければ、遮断されないようだ。
「おい! クソッ」
(クソガキって言おうとした?)
影武者さんの方に視線を移すと、黒い幽霊に囲まれていた。彼が剣を振っても、黒い幽霊には当たらない。
『みかん、あの霧は人間からマナを奪う。ベルメのヘソに溜まっていた人工物の上位種だな』
(えっ? ノキ、どうしよう)
『メリルの目が来たぞ。アタシが出るわけにはいかない』
(あっ、くっつき貝。さっきはなかった?)
『あぁ、ゲームアバターが徹底的に潰してたからな。今、魔物に気を取られてるけど』
(そうだよね。どうしたらいい? えのき茸は使えない?)
『使う必要はないだろ。みかんが、黒い霧をマナに変えればいい』
(えー? そんな魔法は知らないよ)
『最初にわちゃわちゃしたときに、クラスメイトが操っていた影と同じ構造だよ』
(ん? えっと、乱戦のこと?)
『そういうやつ。術者が霧に、半分憑依してる』
(そうなんだ! じゃあ、できるかも)
私は、杖と剣を交換した。ダークロード家で成人の証として授かった剣だ。
(影武者さんは、おそらく水無効装備だよね?)
剣に水を纏わせ、彼を取り囲む黒い幽霊すべてに意識を向けた。透明なえのき茸が、軌道となる導線を作ってくれている。
「影武者さん、水耐性あるよね?」
そう尋ねた瞬間、私は、彼を囲む黒い幽霊達を狙って剣を横一文字に振った。




