12、スポンジの木の新芽
「なっ、なに? これって」
私が驚いて身体を動かすと、えのき茸が揺れる。
(ひぃっ! めちゃくちゃ気持ち悪い!)
スポンジの木っていうから、キッチングッズのスポンジをイメージしていたけど、完全にきのこだった。私の腕から、白いきのこが生えてる! しかも、みっちり……。
「ミカンさん、それは、貴女の腕に刺さっているスポンジの木の枝から生えた新しい芽ですよ。白くて美しいでしょう? これが聖木なら、さらに細かく分裂して腕全体に網の目状に広がっていくでしょう。貴女が魔力を上手く使えるようになれば、自然に腕に吸収されるはずです」
学長さんは、聖木なら、と限定的な言い方をしている。
「せいぼくでないときは、どうなりますか」
「ミカン、聖木に決まっているわ!」
エリザは即座に私の質問を否定したけど、とても不安そうな顔をしている。
「ミカンさん、これが邪木なら、網の目状には広がりません。この新芽は、より太く長くなり、色も白さを失うでしょう。黒い邪木なら学生でも大丈夫ですが、他の色なら、すぐにシャーマンの講師に相談してください」
(呪われてる、ってことなんだっけ)
「いまこれを、きることはできないのですか?」
「ミカンさん、この柔らかい状態の新芽を切ると、大出血してしまいます。木のように堅くなれば、ポキンと折っても大丈夫ですがね」
「えっ? ちがでるのですか」
そう尋ねると、学長さんは笑顔で頷いた。優しい笑顔だけど、絶対にやるなよという強制力を感じる。
今すぐ収穫して、ベーコン巻きにして焼いて食べると美味しそうな見た目をしてるのに。
「聖木スポンジの木は、その新芽を一口食べれば、魔力を全回復できるほどのマナを蓄えています。ですが、今はミカンさんの腕に刺さり、左腕全体に根を張っている状態です。新芽を傷つけると、貴女の血が大量に溢れ出すので、命に関わります」
「ひぇっ……」
うっかり何かに引っかかってしまったら、私は失血死するということ? えのき茸のくせに私の生死を握っているなんて、生意気すぎる。あっ、えのき茸じゃなくてスポンジの木の新芽なんだけど。
「ユフィラルフ学長、ミカンの左腕は、このままでは……」
エリザも、私と同じ心配をしているようだ。だから、いつも、包帯をぐるぐる巻きにしていたのね。
「ええ、ガードしておきましょうか」
学長さんの手から、淡い光がふわっと出てきた。すると、私の左腕のえのき茸が、ペタンと倒れた。少し光る膜で、私の左腕全体が覆われている。ラップを巻いたみたいな圧迫感を感じるけど、左腕は動かせるようになった。
「さすがですわね。こんな高度な封印魔法を、簡単に……」
(封印魔法?)
「ふふっ、これでも魔術学校の学長ですからな。この上から包帯を巻いておけば良いでしょう。左腕は、少し不自由でしょうが、動かせるはずですよ」
学長さんがそう言うと、エリザが左腕に包帯を巻いて、えのき茸を隠してくれた。さっきまでとは違って、大きく膨れたりはしていない。
「王都で流行っている薬湯です。温かいうちにどうぞ。身体のマナの流れを整えてくれますよ」
学長さんの背後に立っていた人が、エリザに紅茶っぽい飲み物をすすめている。確かに出された飲み物に全く口を付けないのは失礼かな。
「ハーブの香りがしますわね。いただきますわ」
(ハーブティ?)
私も、どうぞと促されたので、カップを右手で持ってみた。紅茶だと思っていたけど、傾けてみるとその色の原因はカップにあることがわかった。
外は白いカップなのに、内側には黒茶色い色素がベットリと付着している。飲み口あたりも、ひどい汚れだ。ハーブティのような香りはいいんだけど……カップを手に持ったまま固まってしまった。
私は自分が潔癖症だとは思わないけど、カップのふちに汚れが重なってデコボコしているこの状態は、さすがに無理。しかも一部の汚れが剥がれ落ちそうになってるし。
(今すぐ磨きたい)
メラミンスポンジなら水だけで、こういう汚れも魔法のようにすぐに落ちるのよね。この世界には本物の魔法があるのに、なぜこんな状態のカップを客人に出すのかな。
チラッとエリザの方を見ると、何も気にせず口を付けている。
「あっ、ミカンさんは、この香りが苦手かな」
学長さんがそう言うと、私の視線に気づいたエリザが私からカップを取り上げた。
「ユフィラルフ学長、ミカンは池に落ちたことがあるのです。自分の顔が水に映ることを、今もまだ恐れていますわ」
(へ? 誤解してる)
「あぁ、そうでしたか。それなら小さなカップの方が良かったですな。学食のスープ皿やティーカップも厳しいかな」
「顔が映らない小さなマグカップを持参しています。食事のときは、それを使わせていただきますわ」
「そうだね。まだ5歳のお嬢さんだ。その方が良いでしょう。水を恐れているなら、魔法の習得に少し影響がありそうですな。まぁ、まずは読み書きを学んでからになりますから、そのうちに克服できるでしょう」
「ええ、私もそう考えています」
◇◇◇
「こちらが、お嬢さんのお部屋になります。移動は危険ですので、初等科を修了されるまでは、寮生活をしていただきます」
「ええ、ありがとう」
(寮生活、か)
エリザの様子が昨夜からおかしかったのは、そのためかな。溺愛する妹と離れて暮らすことになるから、寂しいみたい。いや、不安なのかもしれない。私が常に狙われているから。
部屋は、かなり広かった。エリザがひとつひとつチェックしている。広いリビングの他に部屋が3つもある。
エリザの指示で、黒服3人と侍女2人が入ってきた。そして、テキパキと荷物を運び込んだり、掃除を始めた。
部屋のうち、扉に近い部屋は使用人の部屋みたい。他の2つは、私の寝室と勉強部屋らしい。
「ミカン、これからしばらくは、ここがミカンの部屋よ。侍女2人はここで一緒に暮らすわ。黒服3人は使用人宿舎で寝泊まりするけど、夜は交代で扉の警護もするわ。5人とも私が選んだから、信頼して大丈夫よ」
(えっ? 5人も?)
「おねえちゃま、あの……」
エリザは、私をキュッと抱きしめた。
「私もすぐに転校してくるわ。それまで元気でいてね。私の大事なミカン」




