11、エリザが声を掛けたレグルス先生
私は今、エリザに手を引かれて、草原を歩いている。
私達の前には、鎧を身につけた護衛が二人。そして後ろからは、荷物を抱えた黒服三人と侍女二人がついてくる。
(隣町に、私を隠すのかな?)
乙女ゲーム『フィールド&ハーツ』では、この草原は始まりの草原と呼ばれている。冒険者が一番最初に来るフィールドであり、イベント会場になることもあったっけ。
だけど、この草原の先はゲームでは進めない。行き止まりというか、ゲームには不要な町なのだと思う。だから私にとってこの先は、未知の世界になる。
宿屋を出るとき、時雨さんとは会えなかった。たぶん学校に行ったのだと思う。
時雨さんは、また宿屋に来て欲しいと言ってたけど、私が隣町に隠されるなら、簡単には会えないかな。
「ミカン、よく覚えておきなさい。この草原を真っ直ぐに戻れば、グリーンロード領の中心街よ。草原の左は大きな街道、右には細い道があるわ。どちらの道も越えてはいけない。街に用事があるときは、この草原だけを通るの。わかった?」
「うん? うん」
「エリザ様、ミカン様には話が難しすぎるかと。サラが常に同行しなさい」
「は、はい! かしこまりました」
私の専属の侍女は、サラという名前みたい。少しオドオドしているけど優しそうな若い女性。護衛は、昨日とは別の人に代わっている。傲慢そうで感じ悪いな。
護衛の進言を、エリザは完全に無視している。仲が悪いというより信頼してないのだと感じる。
(ロインさんは、帰ったのかな?)
◇◇◇
しばらく歩くと草原は終わり、私の知らない町へと入っていった。
移動になぜ馬車を使わないのかと不思議に思ってたけど、町に入って、その理由を理解した。道にはガタガタな石畳が敷かれていて、馬車では走りにくそう。そもそも、馬車がすれ違うほどの道幅がないみたい。
私達のように、鎧を身につけた護衛を連れて歩く人達も少なくない。みんな草原を歩いてくるから、護衛が必要なのかな。
「あら、レグルス先生だわ」
エリザが、通りの街灯にもたれて本を読んでいる男性に、視線を向けた。
(わっ、カッコいい)
エリザの声に気づいたのか、その男性がこちらを向いた。メガネ男子というと失礼かもしれないけど、とても知的で優しそうな30代前半に見える男性だ。
「おや、エリザ・ダークロードさん。お久しぶりですね。今は、ユフィラルフ魔導学院に通われているのですか」
「レグルス先生、ご無沙汰しておりますわ。ええ、転校するつもりですの。今日は、妹の入学手続きに参りましたわ」
(えっ? 私の入学手続き?)
「そうでしたか。実は僕も、来年度からユフィラルフ魔導学院に赴任することになりましてね」
「まぁっ! では、またお会いできますわね。来年度からですか。レグルス先生は、今は何をなさっておられるの?」
「今? あぁ、ここで人を待ってましたよ」
(ん? ごまかしたのかな?)
たぶん、エリザは仕事を尋ねたのだと思うけど。
なんだか夢に出てきた神託者さんと、声が似ている気がする。でも冒険者ギルドの地下で名前を授かったとき、メガネは掛けてなかったはずだから、別人かな。黒いベールで顔を隠されてたけど、メガネの有無はわかるよね。
「お待ち合わせですか。この子は、妹のミカンですわ。ミカン、彼は歴史学を教えておられる先生なの。一般教養で履修することになるわ。ご挨拶なさい」
「は、はい。よろしくおねがいします」
私は、ぺこりと頭を下げた。たぶん、これは貴族の礼儀作法としては正しくない。でも知らないんだから仕方ない。
「ミカンさん、よろしくお願いしますね」
(きゃんっ)
ふわりと微笑みを浮かべるレグルス先生に、私はドキドキが止まらない。反則級の知的スマイルだ。なんだかキラキラなエフェクトを背負っているように見えてくる。こういう優しいふわっとした雰囲気って、私、もともと好きなのよね。
「あら、ミカンの頬が赤いわね」
「へ? あかくにゃい……あ、かんじゃった」
「あはは、かわいい妹さんですね」
(わ、笑われた……)
「ふふっ、当然ですわ。私の大事な妹ですもの。では、そろそろ失礼しますわ」
笑われてドンヨリする私の手を引き、エリザが歩き始めた。すぐ右側の建物に入っていく。ここが目的地のようね。
建物に入る直前に、振り返ってみた。だけど、もうレグルス先生の姿は無かった。
(待ち合わせの人が来たのかな)
◇◇◇
「エリザ・ダークロードさん、ユフィラルフ魔導学院へようこそ。私が学長のユフィラルフ8世です」
(8世? なんか王族っぽい名前ね)
「ユフィラルフ学長、この度は急なことで申し訳ありません。この子が、ミカン・ダークロードです。昨日、名を授かったばかりで魔力は未計測です。今季の入学式は終わったと聞いていますが……」
「グリーンロードの冒険者ギルドマスターから、話は聞いてますよ。授業はまだ始まっていませんから、問題ありません。それにエリザさんと同じ母親なのであれば、魔力も大丈夫でしょう。早速ですが、ミカンさんの左腕の状態を見せていただけますかな」
その建物は、ユフィラルフ魔導学院の校舎だったようだ。そして今、私達は、校長室のような部屋に通されている。
紅茶っぽい飲み物も用意されていて、客人扱いだ。ダークロード家って、やはり地位が高いのね。
「ユフィラルフ学長、ミカンには見せてませんわ」
「ほう、それなら、こうしましょうか」
パチンと学長さんが指を弾くと、私の顔の左側に何かの仕切り板のような物が現れた。左側を向いても真っ暗だ。
(目隠しの魔法なのね)
包帯が外される感覚があり、それを見た学長さんが難しい顔をしたのがわかった。
「なるほど、まだ判別できませんな。当学院を選ばれたのは賢い選択です」
「ギルドマスターが、提案してくれましたわ」
「そうでしたか。この状態を見れば、彼ならそういう提案をするでしょうな」
聖木スポンジの木の枝が刺さっているのよね? ガッチリ固定されているのか、包帯を外されても左手は動かせない。
「あたしも、みてみたいです」
「ミカン、それはダメよ」
学長さんの目隠しがあるため、私の左側に座るエリザの顔も見えない。
「いや、ミカンさんも見ておく方がいいでしょう」
学長さんがパチンと指を弾くと、目隠しがパッと消えた。
(ひっ!? 何これ……)
私の上腕には肘までびっしりと、えのき茸のような何かが生えていた。




