107、りょうちゃんの告白①
りょうちゃんの手のひらに現れた物は、私が想像した物とは違った。
話の流れから、なぜか婚約指輪だと思った私……。あまりにもイタイよね。彼は婚姻の日まで、私に素性を明かす気はなかったんだから。そもそも、この世界には婚約指輪を贈る習慣はない。
(しかし、何?)
なんだか黒っぽい塊に見える。まるで、巻き貝のような……。
『トゥトゥッ』
(えっ?)
りょうちゃんが、その巻き貝みたいなものを自分の耳に当て、しばらくすると、私に念話のような音が届いた。そして私の右手には、何度も見すぎて一部が少し欠けてしまっている巻き貝が現れた。
(嘘……)
私は、その巻き貝を耳に当てた。だけど、ちょっと待って。どういうこと? この巻き貝はイチニーさんと繋がっているはずなのに。
『みかんちゃん、聞こえる?』
『聞こえる、よ。でも、りょうちゃんの声だよ。どうして? なぜ、りょうちゃんがこれを持ってるの? まさか、イチニーさんから奪った?』
『そんなことしないよ。私は、イチニーでもあるんだ』
『嘘っ! 全然、似てない』
『ここは、ベルメのヘソだよ。嘘はつけない。しかも精霊ノキ様もいる』
『どうして? どういうこと?』
私の頬を涙が流れた。何の涙か全くわからない。悲しいのか嬉しいのかもわからない。
すると慌てたりょうちゃんが、スッと巻き貝を消した。
「みかんちゃん、ごめん。そんな反応をされるとは思わなかった。私は、本当に愚かだな」
りょうちゃんの表情は、引きつっているように見えた。いつも余裕ある笑みを浮かべている彼のこんな顔は、初めて見たかもしれない。
「私の方こそ、ごめん。なぜ涙が出るのかわからない。でも、りょうちゃんとイチニーさんは全くの別人だよ」
りょうちゃんは、私の気持ちを覗く能力があって、それなのに、こんな……。
『ほら見ろ! おまえが騙していたから、みかんは深く傷ついたじゃないか。アタシが対価の請求をしなければ何も話せないだなんて、おまえは自分で何も判断できない子供か!』
(えっ? ノキ?)
精霊ノキは、まだ水場を飛び回っているけど、私にも聞こえるように念話を送ってきた。
『は? なぜみかんに伝えている? おまえか!』
(あれ?)
ノキが赤い光に飛び蹴りしてる。これを伝えてきたのは、りょうちゃんの守護精霊?
私の視線に気づいたノキは知らんぷりをして、水場をふらふらしている。襲撃者が撒いた毒の除去をしてるんだっけ。
「みかんちゃん、本当にごめん。くっつき貝を使えば、びっくりして笑ってくれると思ったんだ。私が無神経だった。すべて話すよ。聞いてくれる?」
りょうちゃんは、ノキに叱られたためか、より一層、焦った表情をしている。
私が頷くと、彼は笑みを浮かべたけど、なんだか作り笑顔に見えた。何かに怯えているみたいな……。
「みかんちゃん、以前グリーンロードの草原で、私が『フィールド&ハーツ』に参加することになった経緯を話したのを覚えてる?」
「うん、友達に誘われたからだよね。あのときの話は本当のことなの?」
りょうちゃんは、歳の離れた奥さんを紅茶病で失ったと言っていた。その気分転換に、ゲームのユーザーになったんだっけ。
「事実だよ。私を誘った友は、ゲネトだ。妻を亡くした話もしたよね。彼女は、ブライトロード家の人だった。リンツの兄の娘だ。リンツの兄は、現在のブライトロード家の当主でね。多くの異世界人の妻がいる。私が結婚した彼女の母親は商家の娘だったんだけどね」
「えっ? ゲネト先生から……」
ブライトロード家の当主が、ギルドマスターのお兄さん? その娘さんが、紅茶病で亡くなったりょうちゃんの奥さんってこと?
あっ、そういえば、ダークロード家当主……私の父親は、セレム・ハーツ様には、ブライトロード家からも嫁いでいたと言ってたっけ。
あのとき、セレム・ハーツ様本人が、あの場に居たってことだ。女装したりょうちゃんとギルドマスターが一緒に来てくれたもの。
(亡くなったことは知られてないのね)
でも、私に仕える名を持たない侍女は、リョウさんのことを知っているから私に青いワンピースを着せた、ってこともあったっけ。
「あのときに話したことは事実だよ。だけど、王位継承権を持つ王族に嫁いだ女性のその後の様子は、明かされない。いろいろな疑惑を生むからね。ただ、私に近い人には知らせていた。その頃は、リョウの姿でいることが多かったから、学者のリョウが妻を失ったという噂が広まってしまったんだよ」
「あっ、それで侍女が……」
「うん、噂好きな人は、知ってるんだろうね」
確かに、彼女は流行に敏感だし、人脈もあるもんね。サラとは真逆なタイプだけど、悪い人ではない。
「私は、『フィールド&ハーツ』で、みかんちゃん達に救われたよ。あの頃は、景色から色が消えてしまっていたような状態だったからね。フレンド達とのやり取りで、別の世界の人達の考え方に強い刺激も受けたし、こちらの考えを言い当てる洞察力には、本当に驚いたよ」
「あー、魔法がないからね」
「ふふっ、そうだね。そして数ヶ月経った頃には、私は、みかんちゃんに惹かれていることに気づいたよ。みかんちゃんと話すと、とても心が軽くなった。ふわふわとした温かい気持ちが芽生えてきたんだ」
「えっ!?」
りょうちゃんが、私をジッと見ているからか、頬が熱くなってくる。フレンドだった頃から、そんな風に思ってくれてたんだ。
私も、りょうちゃんが男性だとわかってたら、ふわふわした気分になっていたかもしれないな。
(あれ?)
りょうちゃんが、顔を伏せた。私が変なことを考えたのかな?
「みかんちゃん、これから話すことで、私を嫌わないで欲しい。いや、嫌悪させてしまったら……キミが望むようにするよ。こんな私と結婚できないというなら、断念する」
「へ? な、何?」
(婚約破棄宣言?)
りょうちゃんは、スゥハァと息を整えると、覚悟を決めたように私を真っ直ぐに見つめた。
「みかんちゃん、私はね、キミを手に入れたくなったんだ」
「えっ?」
「私は、キミの死を操作した。本当ならキミはあのバスには乗れなかった。私が、あのバスの発車を遅らせたんだ」
「そんな……」
「キミの寿命は、あと55日あった。私が見た未来では、あれから55日後にキミは自ら死を選ぶ。そんな絶望の闇に落ちてほしくなかった。だから、あのタイミングならエリザの妹の身体に入ることがわかっていたが、私は、事故を起こすバスの発車を遅らせたのだ」




