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102/196

102、襲撃者と瀕死のレグルス

 ベルメの長い階段下に、私達は勢いよく落下した。


 だけど、精霊ノキの透明なえのき茸が、私達をぐるぐる巻きにしてくれたから、ほとんどのダメージは減殺げんさいされたと思う。


 落ちた衝撃で、地面から砂ぼこりが舞う。透明なえのき茸は、ぷるんぷるんなクッションのように変化している。ポヨンポヨンと跳ね、私達はベルメのヘソと呼ばれる水場の方へと転がった。



「レグルス先生!」


 レグルス先生は、私をしっかり抱きしめたまま気を失っているようだ。私の頬に、ヌメッとしたものが流れてきた。


(血だ!)


 だけど私は、どこも痛くない。この血はきっと、レグルス先生のものだ。



(ノキ、ぐるぐる巻きを解いて)


『みかん、まだダメだ。上から人間が降りてくる』


(どういうこと?)


『すぐにわかる。それから、レグルスに回復魔法は使うなよ? 呪いを受けているから効果が逆転する。弱い回復魔法でも死ぬぞ』


(えっ!? わ、わかった。でも、血が……)


『瀕死状態だが、まだ死なない。あぁ、この場所は、魔法の発動が制限されるみたいだな。レグルスが目覚めたときは、回復魔法を使わせないようにしないと』


(魔法が発動できないなら……あっ、そっか、自分で自分に使う魔法は可能よね。イチニーさんが水の上を歩いたもの。あっ、ノキはイチニーさんに会ったことがないよね。ノキが生まれる前のことだけど)


『イチニーという人間か。みかんの記憶とアタシの感覚は違うんだよな。素性を隠しているらしいが、これはアタシがかすべきことではない』


(ん? イチニーさんに秘密があるの?)


『みかん、人間が降りてきたぞ。声を出すなよ』


 ノキがそう言った少し後、話し声が聞こえてきた。




「ここからでは見えないが、アイツは死んだか?」 


「下手に降りると迎撃されるぞ。魔法のことしか書いてなかったが、剣術もできるという情報がある」


「岩ゴーレムが叩き落としただろう? この霧では魔法の発動はできないから、階段下で潰れているはずだ」


(何? 岩ゴーレム?)


 階段を降りてくる足音も聞こえてきた。


 透明なえのき茸にぐるぐる巻きになってる私達は、彼らに発見されてしまう!


『みかん、見つからないから動くなよ』


(えっ? でも、まる見えだよ)


『アタシを誰だと思ってるんだ? 最強の守護精霊だぞ』


 何人いるかわからないけど、カチャカチャと鎧が音を立てている。皆、剣を抜いているみたい。



「微かに血の臭いがするようだが、どこだ? 死体を探せ」


「一緒にいた子供は、賞金首じゃないか?」


「さぁ? 知らん。だが、ここで潰れたわけじゃないことは明らかだ。地面を転がった跡がある。ベルメのヘソの水を飲んで回復したかもしれない。油断するな」


「それはありませんぜ。既に水面には、毒を撒いてありますからな」


「水面に何かを撒いても、すぐに水辺に押しやられる。湧き水をまれたら毒はないぞ」


 私達が転がっているすぐ近くを、階段から降りてきた人達が通り過ぎていく。魔導士風の人もいるけど、鎧を身につけた人が多い。ざっと見た感じでは、10人以上ね。


 そして、キョロキョロと地面に目を向けながら、水辺の方へと歩いて行く。



「いませんね。転移魔法で逃げられたんじゃないっすか?」


「まさか。奴らが倒したあのモンスターの死骸は、すべてここに転移したはずだ。上を見てみろ。ここから他へ転移ができると思うか?」


(上?)


 私達が転がっている場所は、黒い霧が濃くて何も見えない。だけど、光ゴケがたくさん生える水場の上の方は、なんだか様子がおかしいことがわかる。


 以前、この場所に来たときは、黒い霧はあったけど、ただの霧だと感じた。だけど今は、彼らがいる水場の天井付近には、黒くて大きな影のような幽霊が、無数に飛び交っている。


 ゲネト先生の実習で、シャーマン達がホラーすぎる術を使うから、何となくわかる。影のような幽霊は、死霊術によって操られている死んだ魔物だと思う。


(あっ! 違う)


 大きな影のような幽霊が、彼らの方に襲いかかってる。誰かが操ってるわけじゃなくて、幽霊が集まっているだけだ。



「うわっ! これは、魂を喰われるぞ!」


「ギャーッ! 助けてくれ」


 ひとりが幽霊に襲われて、水場に引き摺り込まれた。ベルメのヘソの水辺には毒が溜まっている。彼らが撒いたという毒も加わっているのだろう。


 引き摺り込まれた人が、シューッと溶けて崩れていく。人を溶かすほどの毒なのね。



「奥に通路がある。走れ!」


「階段に戻る方が近いのでは?」


「バカか! 階段をのぼっている間に、何人が襲われる!?」


「早く行け! 死ぬぞ!」


「だが、対象者の死体か装備品の一部を持ち帰らないと、報酬がもらえないんじゃないか?」


「だったら、おまえは探せばいい。俺は逃げる。いったん狩りを始めたバケモノが、おとなしくしているわけがない。なんせ、メリルキラーなんだからな」


(メリルキラー? 何それ)


 だけど、その言葉を聞くと、レグルス先生の死体を探そうとしていた人達も、水場から離れていく。そして、海底に繋がる通路へと、皆、我先にと走り去った。


 でも黒い幽霊達は、そんな彼らを追って行ったみたい。無事に逃げられるのかな。




『みかん、心配しなくてもソウルイーターなら、この場所を離れると消滅する。アレは、人為的に作り出された悪霊だ。この水場が蓄えるマナで実体を保っているからな』


(えっ? ノキには幽霊の正体がわかるの? あっ)


 私達をぐるぐる巻きにしていた透明なえのき茸が、スッと消えた。さっきの幽霊は、まだ、かなり残ってる。


『ここに残っているのは、この世界の死霊だ。さっきのような人工物ではない』


(そうなの? あっ、レグルス先生が……)



「うっ……ううっ」


『みかん、回復してやれ』


(回復魔法はダメなんでしょ? そもそもこの霧のせいで魔法は……うん? 白いえのき茸だ)


『アタシを誰だと思ってんだ!?』


 私の左腕から、白いえのき茸が、にゅっと出てきた。スポンジの木の新芽だよね? あっ、そっか。スポンジの木はマナの塊で生命の源だっけ。


(ノキ、これを千切ちぎると、私、大出血しない?)


『は? するわけないだろ。早くレグルスに食わせろ。勝手に回復魔法を発動したら、その人間は死ぬぞ』


(わっ、わかった)



 白いえのき茸を折ると、ボキッと野菜が折れたような音がした。メラミンスポンジになる枯れた芽とは音が違う。


 私は、白いえのき茸をレグルス先生の口の中に押し込んだ。


「レグルス先生、飲み込んで! 魔法は使わないで!」



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