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第4話 『オールド・ワールド・ブルース④』

 ニイロ史料編纂所の所長、ニイロという女性はなんとも言動が胡散臭かった。少なくとも、リイナはそう感じた。

 ニイロにこれまでの経緯を軽く説明したアスタは荷物の整理をするため、事務所の奥にある倉庫部屋へ行ってしまったので、いま事務所にいるのはリイナとニイロの二人だけである。

「へぇ、崩壊前に作られ、今まで地下の施設で眠っていた軍用アンドロイド。それはたしかに貴重レア極まりない。その存在自体が、崩壊前の世界にあった()()()()()()()()というわけだ」

 ニイロはそう言いながら、金属製のデスクの上に腰かけ、アスタたちが梅田地下街から手に入れてきた雑誌のページをペラペラとめくり、目を通している。

 胸の部分が僅かに盛り上がった真っ赤なTシャツ。

 黒いレザージャケット。

 膝や脛などの部分が擦り切れたスキニージーンズ。

 服装だけなら、崩壊前のパンクロックバンドのような恰好だと、リイナは思った。

 雑誌の内容がつまらなかったのか、ニイロは雑誌をぽいと放ってデスクの上から降り、リイナに近づく。

 そして顎に手を当て、ぶつぶつと独り言を呟きながら、リイナを舐めるように視るニイロ。


「名前は、リイナくんか。……肌、瞳、髪、そして胸や尻。どこをどう見ても、人間のそれだ。触ってもいいかい?」

「構いません。ただし感覚機能はオフにしますので、()()()()()()()()()()()()()()()()()

「あくまで学術的な興味だから、安心してほしいね。あと、そのジョークはちょっとキツいかな」

 ニイロがリイナの頬に手を当てる。

 透き通る湖のような淡い蒼色のリイナの瞳と、怪しい光を湛えるニイロの赤い瞳が向かい合った。

 ニイロは俗に言う三白眼というものであり、瞳が上のまぶたに半分ほど隠れており、目つきはお世辞にも良いとは言えなかった。

「……ニイロ、失礼とは思いますが。貴女は、眼球に何か病を抱えていたりしますか? 貴女の瞳の色は通常の人間ではありえないほど、()()()()()

「口説き文句まで一流とは、崩壊前のアンドロイドはすごいね。まぁ、病気というか体質というか、そんなところだよ。しかし、リイナくんの肌のもちもち感は人間と同じ、いや人間以上かもしれない。これが崩壊前の最先端技術か」

 煙に巻かれたか、とリイナは思う。

 これ以上詮索することはせず、リイナはニイロが身体を触れている間、ずっと黙っていた。


「ふむ……。たしかに肌も想像以上だが、それよりも筋肉と骨格の仕組みが気になるところだ。というか、内臓とかはどうなっているんだい?」

「機密事項に触れない範囲でお答えすると、ワタシの骨格は当時で最高の強度を誇った合金製です。筋肉の形状は人間のものを特殊繊維などで模したものですが、使われている材質の強度はライフル弾程度なら容易に防げるものとなっています。臓器に関しては、ノーコメントです」

 ニイロの口から矢継ぎ早に繰り出される質問に答えながら、リイナもまたニイロという女性を観察する。

 服装や髪に関しては、リイナが知る通常の人類と特に変わりない。

 少しウェーブのかかった肩口ほどの長さの茶髪。やや細長い輪郭と、平均的な日本人より高い鼻。

 ある二点を除けば、ニイロは()()()()()とカテゴライズして問題ない人物だった。


 それは、不自然なほどの綺麗さを隠すこともなく、ニイロの目で強い存在感を放つ赤色の瞳。

 そして、専用に改造されたベルトに収まっている、ひと振りの刀だ。


 その刀は刀身の反り具合や長さは日本刀に似た形状をしていたが、それ以外はまるで日本刀とは異なっていた。

 柄の部分はカーボンファイバーで作られており、その独特な表面の模様パターンは滑り止めの役割も兼ねていた。

 鞘もカーボンファイバーと同様に、軽量で強靭な樹脂素材で作られている。

 明らかに美術品や、史料としての刀剣ではない。ものや人を斬ることを想定されて作られた、武器としての刀剣であった。

 リイナは自分の記憶領域にある旧日本国防軍の武器データを漁り、近しいものを瞬時に探し当てる。


「……悪喰あくじき弁天べんてん。その刀の名前さ。刀身に特殊なコーティングが施された高周波振動ハーモニックブレード、だったかな? まぁ、崩壊前になんて呼ばれていたかは知らないけどね。気になるかい?」

 リイナが口を開くより前に、ニイロが答えた。

 にやりと笑うニイロ。

 やはり得体の知れない人物だ。

 軽いノリの言動と端正な外見の裏に、()()()()()()()()()()()()()()()()()だとリイナは確信した。

「えぇ。その刀は旧国防軍の試作兵器であり、通常の人間が扱うにはあまりに性能が良すぎるために、開発が中止されたものです。ニイロがただの人間であれば、使用するのはおススメできませんね」

「……やっぱり、分かっちゃうかい?」

「えぇ。その瞳もそうですが、貴女の身体は体幹がしっかりとしすぎている。デスクから降りたとき、そしてワタシの元へ歩いてくるとき、貴女の動きは身体の中心に鋼鉄の芯が入っているようでした」

 やるねぇ、と感心しながらわざとらしく拍手をして、ニイロはリイナから離れて再びデスクの上に座る。

「分かるんだねぇ、あんな僅かな動きで。流石は、崩壊前の科学技術の粋を集めて作られたアンドロイドだ」

「恐縮です。それで、このあとはどうされますか? 秘密を隠し通すために、その悪喰弁天でワタシを斬りますか?」

 そうやっていつものように軽口をたたくリイナ。


 ニイロの鋭利な視線が、そんなリイナの喉笛をたしかに捉えていた。


 ()()()

 背筋が凍る、という人間の感覚はこういうものかもしれないと、リイナは思わず一歩後ずさりした。

 アンドロイドであるリイナが、自己保存を目的とした生物だけの感覚である恐怖を感じることなどない。

 リイナにとって自分という存在は、機能が停止するまで目的のために動き続ける歯車でしかなく、それに執着もなければ、自分という存在が失われることによる恐怖などあるわけがない。

 はずである。

 だが、リイナはいま、明確にニイロという人間に恐怖した。一瞬のうちに斬り斃されるのではないかという錯覚を見せられた。

 この女性を怒らせてはならない。リイナはまたひとつ学習した。

「アスタくんの命の恩人なんだろう、キミは。そんな子を斬りはしないよ。アスタくんも、大層キミを気に入っているようだし。──ただ、あまり口外はしないでほしい。こっちにも色々と事情はあるからね」

「はい、肝に銘じておきます。機械なので、肝はありませんが」

「キミ、アンドロイドとは思えないくらい、いい性格してるねぇ。仲良くできそうだ」

 ニイロがそう言い終わったタイミングで、奥の倉庫部屋からアスタが出てきた。

 額の汗を使い古された布切れで拭いたあと、その黒い短髪についた埃を手で払っている。

「ふぅ、僕がちょっと事務所を空けただけで、あの散らかりようだもんなぁ。所長、ちょっとは掃除という概念を覚えてくださいよ。……って、どうしたのリイナさん?」

 そんなアスタをジッと見るリイナ。

「いえ。この崩壊後の世界で初めに出会ったのはアスタ様で良かったと、痛感していたところです」

「えぇ……、急に褒められた。所長、また何かしたんですか?」

「いやいや、少しリイナくんと談笑していたところだよ。……さて、いい感じに相互理解が深まったところで、リイナくんには私の助手アスタを救ってくれたお礼をしたい。何か、希望のものはあるかい?」

 万年赤字を垂れ流す、吹けば飛ぶような小さい会社だが、と付け加えて笑うニイロ。


 少し考えたあと、リイナは答えた。


「いまのワタシには、とにかくこの世界の情報が不足しています。そのため、ワタシが作られた旧世界がいかにして崩壊したのか。そして、何故ここまでの有様になったのかを、教えていただければ」

「お安い御用。ここはニイロ史料編纂所だ。キミが望む過去の情報は、山ほどあるよ」


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