第2話 『オールド・ワールド・ブルース②』
梅田地下街の暗闇から、四枚のプロペラを回転させて空中に浮くドローンが顔を出す。
ぶぅん、という音を立てながら、機体下部に取り付けられた赤い単眼のようなセンサー付きカメラが、リイナとアスタの姿を捉えていた。
ライフル弾すら貫徹不可能な装甲。
グレーを基調とした迷彩が施されたボディ。
民間用とは一線を画する軍用ドローンが、リイナとアスタの前に立ちはだかっていた。
「……小型の自立型無人機ですね。国防軍での通称は、アキアカネ。市街地戦での索敵や、暴徒鎮圧を想定して作られた、足が速くて5・56ミリを撃てる便利な赤い目のヤツです」
「随分と詳しいけど、知り合い……?」
「はい、研究所では同期でした。彼の弟はワタシの元カレです」
「そうなの!?」
「もちろん嘘です」
リイナとアスタが漫才を繰り広げているあいだ、自立型無人機はじっとリイナたちをその高精度センサー付きカメラで見ていた。
当然、ただ見ているのではない。
「ちなみにアキアカネがああやって攻撃せず、こちらを見ているだけの場合は、目標の国民ナンバーを調べている状態ですね。……ただ、日本政府のデータベースにアクセスする必要があるので、この崩壊した世界では不可能です」
「じゃあ、その場合はどうなるのかな……?」
アキアカネが一度、ピピッと音を鳴らした。
そして、機体の左右側面に取り付けられた5・56ミリ機関銃の銃口を、リイナたちに向けたのだ。
「戦闘モード、つまりはとりあえず殺ってから考えるモードに切り替えるのです」
「やっぱり」
リイナたちがアキアカネに背を向けて走り出した数秒後。
機関銃の銃声が地下街に鳴り響き、5・56ミリの薬莢がキンキンと音を立てて地面にばら撒かれた。
毎分700発の発射速度で撃ち出される弾丸が、リイナとアスタめがけて飛んでくる。
「やば────ッ!」
間一髪のところで、通路の角へと隠れることに成功したリイナたち。
度重なる歪な拡張工事によって、曲がり角まみれの入り組んだ迷宮と化している梅田地下街でなければ、二人はいまごろ蜂の巣になっていただろう。
「はぁ……っ! はぁ……! リ、リイナさん大丈夫?」
どくんどくんと早鐘を打つ心臓を抑えるように、自分の胸へと拳銃を握ったままの右手を当てるアスタ。
彼はどうにか呼吸を整えながら、拳銃を構えなおす。
「問題ありません。アキアカネは姿勢制御の関係で、移動しながらの射撃ができません。倒すなら、その弱点を突くしかない」
一方のリイナは眉ひとつ動かすことなく、角から顔を僅かに出してアキアカネの出方を窺う。彼女たちと
「このまま地下街をぐるぐる回って逃げるのは?」
「却下です。アキアカネの最高速度は時速100キロを超え、小回りもききます。ワタシはともかく、アスタ様は逃げきれません」
「なら、どうすれば────」
思案しているアスタに、リイナがぐいと顔を近づける。
二重のまぶた。
怜悧な印象の青い瞳。
ピンクの瑞々しい唇。
それらがアスタの視界を支配した。
すらりとしたリイナの鼻が、アスタの僅かに丸い鼻先に当たりそうなほど近くにある。
先ほどまでとは別種の、照れと興奮の混じった緊張がアスタの心臓の鼓動を否応なく早め、顔を熟したリンゴのように真っ赤にさせた。
餌を求める金魚のように、口をパクパクと開閉するアスタを他所に、リイナは話を続ける。
「次にアキアカネが動いた瞬間がチャンスです。至近距離まで詰めることができれば、ワタシはアキアカネを仕留めることができます」
しかし、アスタはそれどころではない。
頬は紅潮し、リイナと目を合わせることはできず、狼狽しきっている。
そんなアスタの様子を見かねたリイナは、その両手で彼の顔を固定し、じっとアスタの目を見つめた。
「アスタ様、時間を稼いでいただけますか?」
「ど、ど、どれくらい?」
一拍、思案するリイナ。
「……では、三秒で」
そう言うと、リイナはアスタの顔から手を放し、再び角から様子を窺う。
そして、アキアカネが彼女たちの方へと向かっていることを確認すると、リイナが躊躇することなく角から飛び出した。
当然、アキアカネは移動を止め、機関銃の銃口を接近するリイナへと向ける。
重心を前方に傾け、回避することを放棄してアキアカネへと直進するリイナ。
このままでは、リイナに対して5・56ミリ弾が雨あられのように撃ち込まれてしまう。
そこで、アスタが援護射撃を行った。上半身を傾けて角から上体と右腕を出し、半自動拳銃をアキアカネに向かって撃つ。
「たまらないよな……。あそこまで信じて、まっすぐ突っ込まれたら」
アスタの半自動拳銃が使用する弾薬の口径は九ミリ。
人体に対しては十分に殺傷能力を持つ口径ではあるが、アキアカネの装甲にはまったく通用しない。
九ミリ弾は何らアキアカネにダメージを与えることはなく、装甲によって防がれた弾頭が地面へと落ちるか、明後日の方向へと跳弾する。
だが、それでよかった。
アキアカネに搭載されたAIは、銃火器を持つアスタをより脅威度の高い目標だと認識し、機関銃の銃口はアスタの方を向く。
機関銃の掃射から逃れようと、アスタが慌てて角へと身体を引っ込める。
次の瞬間には5・56ミリが壁に撃ち込まれ、アスファルトに幾つもの弾痕ができあがった。
これで、三秒。
「十分です、アスタ様」
リイナとアキアカネの距離、わずか数十センチ。
彼女をぎろりと睨む赤い単眼に対して、リイナは右手を突き出す。
「出力調整。目標視認。およそ百年ぶりですが、一発派手にいきましょう」
両膝を少し曲げて、アスファルトの地面にめり込むほど足を強く踏み込むリイナ。
そして。
「────貫徹掌」
ごおっ、という音と共に、リイナの右の掌から強烈な閃光が奔った。
一瞬の、凄まじい熱と光の杭。
それはアキアカネの装甲を完全に貫通、否、溶解させた。もはや機体と呼べるものは殆ど残っておらず、四枚のプロペラ部分だけが残骸として地面に落ちる。
自身の体内の動力炉をフル稼働させ、そのエネルギーをビームの杭として至近距離で打ち込む荒業。
それこそがリイナの必殺技、貫徹掌であった。
その威力は計り知れず、アキアカネの装甲どころか、地下街の天井すら僅かに焼き焦げている。
「この技は掌の人工皮膚が焼けてしまうので、あまり使いたくないのですが……。まぁ、時間経過で回復するので、ヨシとしましょう」
勝負は、一瞬のうちに決着がついた。
角からひょこっと顔を出したアスタが、驚きのあまり左手のランタンを落としそうになる。
「こ、これは……?」
「あぁ、アスタ様。ご覧の通り、終わりました」




