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≪序章≫拝啓、崩壊世界より

 

 三対一であった。


 雑多な拳銃や鈍器を手に、三人の暴漢が一人の少女を取り囲んでいる。

 アスファルトの地面を鈍器で叩きながら奇声を上げ、暴漢の一人が少女を威嚇した。他の二人の暴漢もそれに呼応して叫んだり、少女に向かって汚らしい罵声を浴びせたりしている。

 対する少女は、身に着けているメイド服についていた埃を、ぱんぱんと払うだけ。

 暴漢たちの威嚇に恐怖するわけでも、怒るわけでもない。眉ひとつ動かさず、構えもろくにとらず、その場に立っているだけであった。


「────拝啓、夢島ゆめじまれん博士。天国でも楽しく研究をしていますか。ワタシは今日、またしても暴漢に絡まれました」


 少女が呟く。

 まったく暴漢たちのことを意に介していないのがよほど気に障ったのか、こめかみに青筋を浮かべた暴漢の一人が、鈍器を振り上げて少女に襲い掛かる。

 何の技もない、ただ力と勢いに任せた攻撃。

 だが、暴漢が振り上げた鈍器、トゲつきの鉄棒は人体の何処に当たっても重傷を与えうる凶器である。

 直撃すれば、皮と肉が裂け、鮮血が噴き出し、骨がへし折れるだろう。

「一度、地球上から文明が消去されたことは、人間の倫理観や道徳を大きく後退させたようです。崩壊前では考えられなかった無法の輩が、至る所にいます」

 しかし、少女は身構えない。

「かつて、ワタシを生んでくれたほどの科学技術と文化を誇った人類の先進的文明が、かくも無残に後退してしまった事実は、何度目の当たりにしても受け入れがたいものがあります」

 躱すことも、逃げることもしない。ぼそぼそと、自分の世界に入って何かを呟いているだけだ。

 そうしているうちに、暴漢の振り上げた鈍器が少女の頭部へと。


 ゴシャッ。


 肉に何かがめり込み、骨が折れた音。

 それは、血を流して倒れる少女から発せられた音。

 ではない。

 鈍器が少女の頭部に直撃する寸前で、軽く十メートルは吹っ飛んでいった暴漢から発せられた音であった。

 笑ってしまうほど見事な吹っ飛び方をした暴漢は口から泡を吹き、白目を剝いて昏倒している。

 少女を囲む暴漢は、これで残り二人。

 状況的に、この暴漢をまるでボールのように吹っ飛ばしたのは、間違いなく少女である。

 外見から想定される年齢は十八歳程度。細い手足と物憂げな表情、人を殴るどころか虫の一匹さえ潰すことができないような見た目の美しい少女である。

 目の前で何が起こったのか、さっぱり理解できない暴漢たちは、狼狽しながら少女に武器を向ける。

 少女の名は『RE―11 N/A』、通称リイナ。

 到底、人名とは呼べぬ名前だが、それも当然。


 なぜなら、リイナは人間ではない。


「崩壊前の科学技術の粋を結集して作られたアンドロイドであるワタシが、かくも荒涼とした崩壊世界と、そこに住まう人間たちの中に居場所を見出すことができるのか、ワタシには分かりません」

 すらりと伸びた華奢な手足も。

 触れれば溶けてしまいそうな白い肌も。

 西洋人形のように、不自然なほど整った顔立ちも。

 リイナの毛髪から爪の先に至るそのすべてが、人によって作られたものなのだ。

 合金製の骨格と人工筋肉、心臓部にある試作型の原子炉からは、人間など比較にならないほどの耐久性と膂力を。

 ナノマシンによって形成された人工皮膚からは、決して劣化しない半永久的な外見の美しさを。


 RE―11 N/A。


 リイナの正体とは、崩壊世界の最先端科学技術によって生み出された新たなる種族。

 軍事から家事手伝いに至るまで、ありとあらゆる運用方法を想定され、人を忠実に模倣して作られたアンドロイドなのだ。

「ですが、博士が最期に残した言葉は、未だワタシの記憶回路にしっかりと残っています」

 一向に暴漢たちを相手にしないリイナ。

 痺れを切らした残りの暴漢二人が突撃してくるが、その態度が変わることはない。

 いや、変える必要がない。

 技も力もなく、ただ闇雲に粗悪な武器を振り回す暴漢たちなど、軍事運用すら想定されたアンドロイドであるリイナにとっては、哺乳瓶を持った赤子と大差ないのだ。


 そこから繰り広げられた戦いは、もはや戦いと表現できるものではなかった。


 鈍器を振り回す相手には、その金属製の鈍器を丁寧にへし曲げたあと、本人の身体もへし曲げて倒す。

 崩壊後の世界で作られた粗悪な拳銃から撃ちだされた弾丸は掌で受け止め、それを指で弾いて相手にお返しして倒す。

 消化試合。手抜き。適当。

 戦いという必死な言葉よりも、こういった言葉が相応しかった。


「人間という存在が信じられるものかどうか。そして、その人間たちが再び作り上げた世界の中で、アンドロイドであるワタシに居場所はあるのか。しっかりと、見定めたいと思います」

 リイナは満足げに目を瞑り、締めの言葉と思しき内容を口にした。

「────よし。今回の日記は、これでいきましょう」

 ふと、リイナは再び目を開いて辺りを見回す。

 そこには彼女が片手間に倒した暴漢三人が、アスファルトの地面に倒れ伏していた。


 一拍の間。


「……自動防衛モードの調子は、良いようですね。ヨシ」

 そう言うと、リイナはぺこりとお辞儀をする。

「それでは、また」

 そして、リイナはその場を後にした。


 ────西暦、という暦を使っていた文明が、一度途絶えた世界。

 社会、建造物、文化、技術。

 そういった文明を構築する様々なものがバラバラに崩壊してしまった世界に降り立った、一体のアンドロイド。

 『RE―11 N/A』、通称リイナ。

 これは、そんなアンドロイドの少女と、その少女を取り巻く人々や世界の様子を描く物語である。


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