表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

長年無職と馬鹿にされてきましたが、実は最強でした。 〜チートスキルを手に入れた【道化師】の少年は、敵を翻弄・蹂躙する〜

作者: よみぃ

「次の授業は決闘訓練だ。十分後までに決闘場に集まるように」



 それはクラウスにとって何度目かの、死刑宣告にも等しい一言だった。



「ああ、それと。今日はここ、ノゼ=ルノリアの『英雄』である大魔導師の方もいらしておる。有望な生徒がいれば弟子にしたいとのことだ。将来のためにも、真剣に取り組むこと」



 そう付け加えた教師が壇上を下り、教室を去った。

 英雄の弟子になれると聞いた生徒たちがざわつきだす。


 しかし、彼らの抱える期待とは真逆の感情を持った少年──クラウスは頭を抱え、思う。


 ──最悪だ。大魔導師様……英雄の一人にまで僕の失態を見られてしまったら……これからどうしていけばいいんだ?


  不意にクラウスの肩を一人の少年が叩いた。その後ろには、彼の取り巻きらしき少年が複数人いる。



「あ……テルネオ……」


 クラウスが頭を上げてテルネオの顔を見ると、視線の先にいる、国内で権力を持つ貴族の嫡男である彼は、いかにも意地の悪そうに言った。


「次の授業……決闘訓練だってな! 【無職】のお前の無様な姿をご覧になった大魔導師様がどんな反応するか楽しみだぜ。軽蔑の眼差しだけで済むといいけどなぁ……ま、せいぜい頑張れよ」



 そう言うと彼らは満足したように、大声で笑いながら教室を出ていった。


 


 

 ノゼ=ルノリアは近辺でも力を持つ大国である。


 ここではモンスター討伐や国同士の争いに向けて、子どもたちに、学院にて教育が施されていた。 



 彼らは十歳になる年、入学と同時に一冊のまっさらな本を受け取る。

 それは『職明書』と呼ばれ、まだそれを持たない、初めに触れた者に呼応して文字が記される物だ。

 

 表紙には触れた者の職業名が、ページには保有者の熟練度に応じて、扱えるスキルが現れる。 



 クラウスが職明書に触れたとき……確かに文字は記された。

 しかし成長して十五歳になった今、彼は周りから【無職】と揶揄されている。


 その理由……それは、職明書に何も記されていないに等しかったからだ。


 より正確に言えば──誰もその文字を読めなかったのだ。クラウス本人でさえも。

 


 スキルは大抵の場合、その名前を読み上げることで発動する。しかし読むことができないなら、使うこともできない。


 結果、彼は学院にて【剣士】や【魔法使い】の同級生と共に、何一つスキルを持たないまま学ぶことになった。


 当然のように、度を越して劣る彼はいじめられるようになっていく。


 そのいじめは決闘訓練の時顕著に現れる。どちらかが木刀を落とせば終了のはずの訓練で、それを手放し地に伏せたクラウスを執拗に傷つけたり、教師の目につかないよう急所を狙われたり。


 教師に言えばいじめは終わるのかもしれない。しかし、彼には一つの夢があった。



 それは、将来『英雄』の弟子になり、強くなっていじめてきた奴らを見返すこと。


 しかし一人の英雄の目に付けば、クラウスの無能ぶりが他の英雄にも伝わるだろう。その夢も、今潰えようとしている。


 だから彼は、今どうしようもないほど憂鬱なのだった。

 

 

 ただ、そんなことを思っても十分はあっという間に過ぎる。

 進級のためにも、クラウスは出席しなければならない。


 サボるわけにはいかないのだ。


 彼は重い足を交互に動かし、決闘場という名の断頭台へと向かった。





 ここはコロッセオ。円形の闘技場に、そこを取り囲むように斜面になったギャラリー。


 今日の訓練は、いつもの訓練場にて行われる多人数一斉組手とは異なるようだ。



「ここは実際に決闘が行われる神聖な場所だ! 卑怯な行いはせず、正々堂々と戦いに挑むように。スキルの使用は許可するが、くれぐれも狙うのは木刀だということを忘れるなよ。ではミリアムとティルハ以外はギャラリーへ移動しろ」

「お待ち下さい、先生。挨拶させていただけますでしょうか?」



 教師が振り返ると、そこに音もなく一人の女性が立っていた。


 誰一人として気づかないうちに、いつの間にかそこに。



「あ、はい……」

 

 驚いて声も出ない教師を意にも介さず、彼女は。


 クラウスよりも一回り近く小さな体、分不相応に大きな黒い帽子。

 伸びた銀色の髪。


 特筆すべきは、全く動じない威風堂々とした立ち振る舞い。



 そして何よりクラウスが驚いたのは、辺りを包む静寂でさえ彼女の発言を待っているかのように感じたことだ。


 先程教師が話しているときも静かだったが、それとは違う。


 それほどまでに……彼女の存在は美しく、別格だった。  



「えー、ごほん。私はナズニア・ミリエスタ。職業は【大魔導師】……皆さんご存知『英雄』の一人です。本日は優秀な若者を探しに来ました。よろしくお願いします」



 そう言うと、彼女はスタスタとギャラリーへ向かった。


 教師に指名された二人を除いた全員が、その後を追う。



「始め!」


 木刀を構えた二人は、教師の掛け声で決闘を始めた。


 【魔法使い】のティルハが水魔法を飛ばす。しかし木刀を狙ったはずのそれは、壁に当たった。

 魔法は調節が難しく、よほどの熟練者でなければ狙った場所に当てるのは難しい。


 反面、【剣士】のミリアムは素早いステップで撹乱し、距離を縮める。


 当事者の二人は盛り上がっている。白熱した戦いだ。



 しかしその一方ギャラリーでは……ナズニアの話題で持ちきりだった。


「可愛くて強いとか……反則だろ!」

「ああ、弟子にしてくれねぇかなぁ……」


 しかしクラウスはそうも言っていられない。

 周囲が彼女の話題で盛り上がるほど、その憧れに失望されたときの自分が浮かび、落ち込んでいく。



 帰りたい。彼女は手の届かない存在でいい……弟子にもなれなくていい。だから、どうか希望を奪わないで欲しい。


 クラウスは、その一心だった。




 試合が終わり、終わって、終わって…………。

 ついにクラウスの番がやってきた。


 対戦相手は……何の因果か、彼の大嫌いなテルネオだった。


 クラウスが彼と相対したとき、テルネオはいつもの調子で言う。


「へっ、先生は俺に見せ場を用意してくれたのかな? まさかこの優秀な俺と無能のお前を組にするなんて……悪いな、恨むなよ」


「開始!」


 ついにクラウスの運命を決める戦いが始まった。

 負けてもいい、圧倒的でさえなければ。


 しかし実質【無職】──スキル無しの彼にとって、スキル使用可のこの形式は余りにも不利だった。


「テルネオ……!」


 クラウスは一直線に走る。テルネオが【賢者】だと知っているからだ。詠唱の隙を与えないことが、対魔法に有効だった。


 しかし血と才能に恵まれた貴族の彼は、驕るだけの力を持っていた──


「燃えよ暁、真珠の彼方──地の鳴る果てに捧ぐ」



 クラウスは……間に合わなかった。テルネオに、スキルの詠唱を許してしまったのだ。


 テルネオの周囲を炎の玉が揺らめく。それは一直線にクラウスの木刀へ向かい……。



 火のついた木刀を持ち慌てるクラウスは、木刀を打たれたことでそれを手放してしまった。



「勝者、テルネオ・ニナ・ルナウディ!」


 負けた。それも圧倒的なんてレベルじゃない……惨敗、瞬殺だ。


「俺は優秀だからな……お前のようなクズとは熟練度が違うんだよ」



 放心状態のクラウスの横を通るときテルネオが言ったその言葉が、訓練が終わるまで彼の頭を反芻していた。


 終わった……僕の人生。希望なんてないんだ。


 全ては才能次第なのか……?


 僕のような【無職】のクズは、努力すら実らせることができないのか?


 クラウスはそう思わずにいられなかった。



 訓練が終わって、再び全員が中心に集められた。


「皆ご苦労だった。良い決闘だったぞ……! 特にテルネオ。素晴らしい詠唱速度と精度だった」


「私からもいいでしょうか?」


 教師の隣にいたナズニアが軽く手を挙げる。


「私……気になったことがあるんですけど……クラウスくん、でしたっけ。どうしてスキルを使わなかったのでしょうか」


 まさか自分の名前が出ると微塵も予想していなかった彼は、驚きで固まった。


「ミリエスタ様……恐れながら彼の代わりに申し上げます。彼は……【無職】なのです。それ故スキルを使うことなどとてもとても……」



 テルネオが【無職】の部分をたっぷりと強調し、代わりに答えた。生徒たちからクスクスと笑いが上がる。


 その嫌味たっぷりな言い方に普段なら怒りを覚えていたはずのクラウスも、自分の最も知られたくないことが『英雄』の一人に事細かに知られたという事実へのショックのほうが大きく、もはやテルネオには何も感じなかった。



「無職……ですか。それは職明書に何も記されていないということですか?」

「いえ、記されたのがめちゃくちゃな文字なのです。誰も読めず、そういう意味では何も書かれていないに等しいかと」

 「へぇ……」



 ナズニアが顎に手を当て思案している。数秒が経った。



「ではクラウスくん、この後職明書を持って私のところまで来ていただけますか? ここで待っているので……。私からは以上で──」

「ちょっ、ちょっとお待ち下さい!」


 話を終えようとしたナズニアをテルネオが遮る。

 その顔には焦りが浮かんでいた。



「有望な生徒がいれば弟子にしてくださるはずでは──」

「ええ、そうですよ。私が興味を持ったのはクラウスくんです。あなたの炎球も素晴らしいものでしたが……ごめんなさい」


 今度はナズニアが遮った。


 テルネオは、自分が選ばれず無能なクラウスが選ばれたというその結果に対して、惨めさに顔を真っ赤にしている。



「それでは。大魔導師様もよろしいでしょうか?」

「はい」

「これで決闘訓練を終わる。解散! 次は十五分後に教室でモンスター学の授業を行う」


 

 クラウスは──少し期待していた。


 だが、裏切られたときに辛いと知っていたクラウスは、その期待を無視して、教室の自分の机にある職明書を取りに行った。


 流石に『英雄』が関わっていることもあって、普段彼をいじめる者たちも職明書を隠したり、クラウスを殴ったりすることもなかった。


 ただ、再び彼女の元へ向かう道中で一度テルネオに足をかけられたが……そんなもの、普段されていることに比べればあってないようなものだ。



 

 決闘場に着くと声がした。


「ここですよ、クラウスくん」


 ギャラリーにナズニアがいて、手を振っている。クラウスは階段を登り、そこへ向かった。


「こんにちは……」

「こんにちは。早速、職明書を見せてください」


  

 彼は恐る恐る自分の右手が持っていたそれを手渡した。


 それを見た途端、眼前の彼女は表情を明るくする。



「素晴らしいです、クラウスくん! これ……古代文字ですよ……! 道理で読めない訳ですね。古代文字で書かれた職明書なんて初めて見ました……!」


 古代、文字……。聞き慣れない言葉だったが、何となくすごいことだというのはクラウスにも伝わった。


「古代文字を読めるのなんて、私くらいですからね……あなたは運が良いです」



 ナズニアは表紙の文字を人差し指でなぞりながら、読み上げる。


「えぇと、これは……道化師。あなたの職業は【道化師】です! 無職なんかじゃなかったんですよ!」

「どう……けし?」



 なんだそれ。もっと、剣豪とか大魔導師とか……召喚士とか、すごい職じゃないのか? そんな笑われるような職業……馬鹿にされているといえば今も同じだが、クラウスは落胆を隠せなかった。


 彼のそんな思いも気にすることなく、ナズニアは続ける。


「道化師なんて……初めて聞きました…………スキルも見てみましょう」


 呆然とするクラウスをよそに、彼女は書を開いた。



「スキルは一つ……熟練度がまだ低いのね。この文字は……ビト……レイアル。ビトレイアル──意味は、裏へ至る」


 裏へ至る。その意味は二人には分からなかった。


「スキルは基本、声に出すことで効果を発揮します。クラウスくん、さあ言ってみて」



 これはどうせ外れスキルだ、期待などしないつもりでクラウスは言った。


「分かりました。裏へ至る」


 しかし何も起こらない。クラウス自身にも、周囲にも何も変化はない。ナズニアは言った。


「古代文字の発音で言う必要があるのかも……再び、ビトレイアルと言ってみてください」


「はい……『裏へ至る(ビトレイアル)』」



 瞬間クラウスが消えた。


「クラウスくん! どこですか?」


 ナズニアは驚いたが……それより好奇心が勝った。


 もしこれが透明化或いは瞬間移動のスキルだったのなら彼は。

 一つ目のスキルがそれらなど前代未聞……規格外の彼は──『英雄』になりうるかもしれない。



「ナズニアさん……」


 直後、少し離れた場所に、戸惑った様子のクラウスが現れた。

 それを見たナズニアの顔は……訓練時の落ち着き払った様子とは違い、喜びと興奮に満ちている。



「やはり私の目は間違っていなかった……! クラウスくん! 君はきっと英雄に──いや、誰よりも強くなれますよ! そのレベルで瞬間移動ができるなんて……規格外です。成長にも期待できる」


 

 ……英雄になれる? 


「もっと君が成長したとき……どんなスキルが使えるようになるのか楽しみですね」


 ナズニアが喜びを隠しきれない様子で笑顔を浮かべる。


 クラウスはその余りにも甘い現実と、輝かしい未来を受け止めることができなかった。



「【道化師】として……これからは誰かに笑われる存在ではなく、人々を救って笑顔にさせる英雄に。なりましょう、クラウスくん。ところで本題ですが……私の弟子に、なってくれますか……?」


 クラウスより少し身長の低いナズニアが上目遣いで言う。


「も、もちろん……! 僕で良かったら!」


 

 二つ返事だった。両親もなく、寮に暮らす彼にとって許可を取る必要のある保護者はいなかったからだ。


「では明日、テルネオくんに決闘を申し込んでください」


「……どうしてですか?」



 思いがけないことを言われたクラウスは戸惑った。


「まず何よりも大切なのは、自信です。彼に打ち勝つことでこれまでの弱いあなたを捨てるのですよ」

「……それで負けたら?」

「いいえ、あなたは絶対に勝ちます。私の言葉が信じられませんか?」


 テルネオの存在と先程の惨敗はクラウスにとって、ある種のトラウマになっていた。ただ、それで自分を高められるなら……


「分かりました」


 彼は、一か八かやってみようと思った。


「でも決闘を受け入れてもらえるでしょうか?」

「それは簡単です。私が言うことを彼にそのまま言ってみてください」


 ナズニアはいたずらっぽく笑った。







 ナズニアと別れ、教室に入る。幸いまだ授業は始まっていなかったので、クラウスは自分の席に座った。


「ようクラウス……どうだった? まさかいくら大魔導師様でも、お前の無能さを改善することはできなかっただろうがな」


 テルネオが悪意に満ちた表情と声でクラウスに話しかける。

 クラウスは彼女の言葉を思い出していた。


「彼は貴族です。先程終わり際の会話で感じたのですが……平民に負けるはずがないという高い自尊心、そしてあなたを辱めたいという欲求の二つを兼ね備えています。そこを突きましょう。あなたが言うべきセリフは……」


 

 クラウスは言った。彼の質問は一切無視して。


「僕と明日……再度決闘をしてくれないか」

「はっ、平民の分際で何をほざく……この貴族である僕の大切な時間を奪おうというのか? そもそも俺の質問に答えるのが先だろうが」

「テルネオ、お前はまさか……」



 ナズニアが言っていたことを思い出す。一言一句違わずに、彼はテルネオの"濁った碧眼"を見つめ、はっきり堂々と言った。


「たかが一平民の、その上【無職】の僕に負けるのが怖いのか?」

「……お前。あの英雄に何を吹き込まれたのかは知らないが……いいだろう。そうだ、この【賢者】である俺が貴様に負けるはずがない! 丁度明日は休校日だ……先生に言って決闘場の使用許可をもらっておけ。開始は朝九時だ」



 テルネオは教師が来たのを見て、自分の席に戻っていった。彼は去り際、クラウスを睨みながら呟いた。


「覚悟しておけ。俺に刃向かったことを絶対に後悔させてやる」



 その後、初めてテルネオに反抗したという事実にクラウスは授業中、手が震えて気が気でなかった。






「何の策があるのか知らないが……お前が俺に勝てるわけないだろう」



 朝日が照りつける決闘場。もうすぐに、クラウスのこれからを決める戦いが開始しようとしている。


 ナズニアはギャラリーの日陰に座り、審判を務めていた。


「二人に告ぐ! この決闘はお互いの命を狙わないこと。どちらかが木刀を落とす、降参する、或いは意識を失って動かなくなったらその時点で終了です」

「よろしく、テルネオ。今日は負けない」



 クラウスの言葉を無視して、テルネオは位置についた。


「始め!」

「燃えよ暁真珠の彼方──地の鳴る果てに捧ぐ」


 試合開始とほぼ同時の詠唱。


 炎の球がクラウスに迫る。だが彼は、ナズニアの見ている前ということもあって……不思議と落ち着いていた。


 クラウスが移動前最後に見たのは、テルネオの勝利の確信に満ちた笑いだった。


 彼は少し息を吸って──


「──『裏へ至る(ビトレイアル)』」

「なっ……!」



 突然炎をすり抜けたように、目の前に瞬間移動してきたクラウスにテルネオは驚きの声を上げた。

 彼は昨日までクズだと思っていた平民に……剣の間合いまで近づかれてしまったのだ。


 振りかぶって打ったクラウスの攻撃を、テルネオは受ける。続いて繰り出される袈裟斬り、突き……テルネオはバックステップで避けるも、どんどん追い詰められていった。


 状況的にも、精神的にも。


「誘い込め、炎の海へ」



 しかしクラウスの連撃は、魔法によって止められることになる。


 テルネオが突然しゃがみ込んで剣戟を避け、地面に手を叩きつける。

 その瞬間、うねるような炎が彼の周囲から現れたのだ。


「……ッ! 『裏へ至る』」



 危機一髪、クラウスは避けることができたが……距離を取られてしまった。しかし今の彼には関係のないことだ。再び『裏へ至る』でテルネオの背後に移動する。そして……。 


「終わりだ……テルネオ」


 直前──テルネオが振り向く。二人の目が合うその一瞬、クラウスは時間が止まったように感じた。


 クラウスが強く打ち付けた、宿敵の木刀が宙を舞う。

 それはカランと音を立て、地に落ちた。



「……! 勝者、クラウス!」


 ナズニアの声が、闘技場に響く。

 クラウスが見上げたそこには、ほころぶ彼女の顔があった。



「なぜだクラウス……いつの間にそんなスキルを……【無職】のお前ごときが」


 跪くテルネオを見下ろし、クラウスは言った。



「僕は無職じゃない。……【道化師】だ」

「へっ……笑われる仕事じゃねぇか……お前にぴったりだな」



 長い沈黙が流れる。やがてテルネオが口を開いた。

 その瞳にいつかの濁りはなく、澄み切った、晴れやかな思いをたたえていた。


「まさかお前に負けるなんてな……次は勝つからな、覚えとけよ」



 そして彼は立ち上がり、すれ違いざまにクラウスの肩を軽く拳で叩いた。

 去っていくテルネオを見届けると、ナズニアが降りてきた。



 

「おめでとうございますクラウスくん! ほら、私の言うとおりだったでしょう?」

「……はい。あなたのおかげで自信がついて、テルネオとも……少し分かり合えた気がします。ありがとうございます」


 微笑みが愛おしい彼女は胸の前で手を組み、見るからに上機嫌に言った。


「クラウスくん、これで晴れてあなたは、正式に私の弟子ってことになりますね。……じゃあ学院、やめましょっか!」  

「…………へっ?」



 クラウスは驚き、情けない声を出したが……もう彼をいじめる者たちに会うこともなく、彼女と二人で修行ができるのなら……全然悪くない、むしろ────



「……最高じゃないですか!」

「ふふ、そうでしょう? ではお祝いに、ご馳走でも食べに行きましょう。何がいいですか?」


 彼は思案した。寮で出る食事は贅沢なものではない。

 極たまに出る、当たりメニューを思い出していた。


「獣肉のステーキとか……?」

「君は安上がりですね……私もそれ、好きですけど」


 二人は闘技場の出口へと歩き出す。

 並ぶ彼らを、まだ真上には程遠い朝日が祝福した。



「ナズニアさんと食べられるなら何でも楽しみです」

「はいはい…………そういえば、ナズニアさんってなんだか他人行儀じゃないですか? ……ナズニアか、師匠と呼んでください」

「分かりました、師匠!」



 ナズニアは頬を赤らめ、少し照れたように微笑んだ。


 これから彼が本当の才能を開花させ、誰もが認める『英雄』になるのは、まだ遠いお話。

読んでくださった皆さん、ありがとうございます。

現在連載中の作品が完結しましたら、『道化師』を連載していく予定です。

連載開始時、この作品をより良いものにして皆様にお届けするために、感想やレビュー、評価を是非お願いします!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ