7. 悪役令嬢
それから間もなくして、新たな聖女の噂が次々と入ってくるようになってきました。
私は王家が調べたその娘の種々の情報を王妃様より拝聴いたしました。どうにも王家は新たな聖女を大層気に留めているみたいです。
エンゾ様も彼女の事を気にしておられましたので、2人で王都の結界を張る『聖務』の合い間にそれを話題として口にしました。
「以前に話題にした巷間の聖女ですが、どうやらマルシア男爵の嫡男ディグル様のご落胤らしいのです――」
彼女の名前はエリー・マルシア。
私と同い年の16歳。
彼女の母はマルシア男爵家の女中だったそうです。ところがある日、男爵の嫡男に乱暴され妊娠してしまいました。
女中を嫡男の配偶者にもできず、困った男爵は悪評が立つ前に僅かな金銭を渡して彼女の母を屋敷より追い出してしまったのです。
何の援助も無く女手一つで子供を育てるのは大変な事だったでしょう。彼女の母は若くして過労で儚くなってしまいました。
「まあ……なんて痛ましい話でしょう」
「はい、私も聞いた時には怒りを禁じ得ませんでした」
そして残されたエリーはまだ幼く、孤児院に預けられたのです。
「もしかして、その時のごたごたで洗礼を受けられなかったのかしら?」
「そのようです。それから今日まで彼女は孤児院で暮らしていたそうです――」
幸い彼女は孤児院で明るく元気に育ち、とても快活で可愛らしい娘に育ったそうです。そして数年前に聖女の力に目覚めた彼女はその力を使って身近な人々を助けていたそうで、今では市井でかなりの人気を集めているとの話です。
「――その為、国が動いて彼女を男爵家の娘として認知させようと動いているようです」
私が話し終えると、納得したようにエンゾ様は頷かれました。
「貴女の情報なら本当なのね。これで貴女の負担を減らせるわ」
「私の事は良いのです。彼女が素晴らしい聖女であればそれで……」
「また貴女はそんな事を……でも良かったわ。いい子そうで」
情報通りなら恤民の心の篤い娘のようですので、私もエンゾ様もこの慶事を共に喜んだものでした。
それから時を待たずしてエリーは聖女と認定されました。
彼女は我流で聖女の力を使用していましたので、まずは私とエンゾ様で彼女の教育を受け持つよう依頼がありました。
それに関して私とエンゾ様に異存はなく、すぐにエリーとの顔合わせの場が設けられました。
当日、私とエンゾ様が待つ部屋に現れたのは愛らしい1人の少女……
殿下と初めてお会いした時に見たあのスリズィエの花の様な薄桃色の髪、空の如く澄んだ青い瞳の愛らしい娘でした。
「初めまして。私はエンゾと申します」
まずは目上のエンゾ様がご挨拶なさいました。
「私はミレーヌ・フォン・クライステルと申します。以後よろしくお願いいたします」
「あなたは……」
見て分かる程に緊張している彼女を解そうと、できるだけ柔らかく微笑んで挨拶をしたのですが、何故か彼女は私を見て大きく目を見開いて驚いていました。
「何処かでお会いしたかしら?」
私の方には彼女に見覚えがありませんでしたので、驚く彼女に私は首を傾げました。
「思い…だした……」
やがて口を開いた彼女は、私を見て続けてこう言ったのです。
「……『悪役令嬢』」
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