5. 赤い血が通う者
それからどこの戦場へ行っても『勇者』は1人で戦い続けていた。
アシュレインから来たせいもあるけれど、彼の人間離れした強さを誰もが忌避したんだと思う。
そのせいで、スターデンメイア側からだけではなく、アシュレインの連中からも遠巻きにされていた。
彼は戦場で常に孤独に見えた。
ただ、彼の方も私達やアシュレインの連中に対して距離を取っているのにも原因があるのではないかしら。
いつも彼の周りには見えない壁があって、人を寄せ付けようとしていない。
まあ、彼からすれば無理矢理こんな戦場に送り込まれたんだから仕方がないのかもしれないわね。
「また随分と熱い視線を向けてるじゃないか」
「別に見てないわよ!」
「あんな風に颯爽と助けられたら惚れるのも無理ないか」
「だからそんなんじゃないって!」
もう!
ゴーガンの冷やかしのせいで火が出るみたいに顔が熱くなってる。
全く!
これから戦いだってのに。
「そんなに気になるなら声を掛ければいいだろ?」
「そんなの……彼も迷惑でしょ」
ちらちと彼を見れば、畏怖と敵意と奇異の視線を無視し、他人と交わろうとせずにいる。そんな彼の態度に私の胸が何故かきゅぅっと締め付けられる。
何かしらこの痛みは?
「フレチェリカ……始まるぞ」
「え、ええ」
突然、ゴーガンの声が剣呑な雰囲気を孕み、前方に目を戻せば遠方に黒色の狼煙が天へ真っ直ぐ伸びているのが目に入った。
これは貞知の者が『魔獣』の群れが近づいているのを報せるもの。
しかも色は黒……
「今回は『魔族』がいるみたいだな」
「気を引き締めた方がいいみたいね」
『魔獣』も『魔族』もその身に『魔』を宿す穢れた存在。
彼らは破壊衝動と人への殺意を生まれながらに持っている忌まわしい奴らよ。
その衝動と殺意を持つ理由は、彼らを産んだ『魔』は瘴気が変化したもので、その瘴気が嫉みや怨みなどの人が持つ負の感情から生じているからだと言われている。
まあ、あくまで『だろう』ってだけで、正確なところは分かってないんだけどね。何にせよあいつらが人類の敵だってのには違いないわ。
それじゃあ『魔獣』と『魔族』の違いは何かというと、『魔獣』が純粋に『魔』の本能に従うまさに獣なのに対して、『魔族』には人と同様の知能を持ち『魔獣』を使役したり、強力な魔法を使う者までいるところ。
だから『魔族』がいる集団は統率が取れていて厄介なのよね……
果たして、戦いが始まると各所で戦陣が崩れ、私達は苦戦を強いられてしまった。
幸いなことに、私達のいる部隊に対峙した『魔族』が私の開戦直後に放った大魔法に巻き込まれて消滅しており、この一帯は混乱した『魔獣』を一方的に狩る状態だった。
「ここの戦功第一はフレチェリカだな」
「まあ……ね」
余裕ができた私は戦場を見渡しアイツを探した。
「『勇者』様ならそっちじゃないぞ」
「べ、別に私は戦場を俯瞰してただけよ」
「そうか……で、あいつならあっちだ」
「どこ?」
ゴーガンの指し示す方向に目を向けて、私はしまったと顔を顰めたけどもう遅い。案の定ゴーガンはにやにや顔をしてるわ。
「完全に孤立しているな」
「アシュレインの奴らはどこまでクズなの!」
教えてもらった辺りに目を凝らせば、見事に孤立している彼の姿に私は不愉快感を隠さず悪態をついた。
「あ!」
その時、『魔獣』の一撃を躱しきれず爪が掠った彼の顔から血が飛び散った。
その光景に私はかっと頭に血が上った。『勇者』と呼ばれている彼も赤い血を流す私達と同じ人間なのよ。それをアシュレインの奴らは!
自分でも何故そんなことをしたのか分からない。感情のままに私はあいつの方へと走りだしていた。
「待てよフレチェリカ!」
ゴーガンが止めたけど私は足を止めるつもりはないわ。
「原初の火を以てプロメウス……」
走りながら呪を唱え、魔力を練って大炎の魔法を『魔獣』を使役している『魔族』がいる黒い集団の中へと叩き込む。
その『魔族』を倒せたか確認が取れなかったけれど、『魔獣』の動きが乱れたから灰になったんじゃないかな?
「――ッ!」
こちらに向けた彼は驚いていたけれど、『魔』との戦いで助け合わない方が異常なのよ。
「無茶すんな!」
次から次に小魔法を行使しながら走る私に『魔獣』が襲ってきたが、それを追ってきたゴーガンが大剣で叩き伏せた。
「ったく、仕方ねぇな」
渋々といった態で私に従っているようにゴーガンは言うけど分かってるんだからね。あんたもこの状況に不愉快感を持ってるのは。
近づけばざっくりと切れた彼の額から血が流れ落ちていたけれど、見た目程は深い傷ではないみたい。その事に私少し安堵した。
「お前達は?」
今まで誰からも手を差し伸べられなかった孤独な『勇者』は、私達の行動を訝しんだ。
「話しは後!」
「今は目の前の敵を殲滅せんとな」
私とゴーガンは統率を失って闇雲に暴れる『魔獣』を処理しに掛かった。何か言いたげだった『勇者』も気持ちを切り替えたのか、私達と肩を並べて戦いに身を投じた。
この戦いが私達と彼の初めての共闘とであり、これから一緒に『魔王』を討ち果たす大切な戦友になった瞬間だった……




