34. 追憶『聖女』
「帰る手段がないだと!?」
凱旋パレードが終わって一息ついていた俺は、エリーからとんでもない事実を聞かされた。
「そうよ。召喚はできても送還する魔法なんてないんだから帰れるわけないわよ」
悪びれもせずあっけらかんとしているエリーにイラついて俺はギリッと歯噛みした。
「日本に帰してくれる約束だろ!」
「知らないわよそんなの。ここの連中があんたに戦わせる為に言ったんでしょ?」
「嘘だったってのか!」
頭が真っ白になった。
俺は何の為にこれまで戦っていたんだ!
こんな世界の奴らの為なんかじゃない!
ただ日本に帰るんだと、その思いだけを胸に戦っていたのに!
その願いは最初から叶わない虚像だったのか?
俺は自分の足元の地面が揺らぐような感覚にぐらつき崩れ落ちた。
「だからさぁ、私と一緒にこの世界で面白おかしく暮らしましょうよぉ」
甘ったるい声と色目を使ってくるエリーを俺は鋭く睨み付けた。
「なによぉ。ちょっとイケメンだから優しくしてあげてるのにぃ」
こいつは自分の立場が分かっているのか?
はっきり言ってエリーの評判はかなり悪い。
こいつは聖女としての声望で王太子妃になったらしいのだが、今ではその務めを全く果たしておらず遊び歩いている。
男にもだらしなく、顔の良い男と見れば馴れ馴れしく接し、他国での式典でも色々とやらかしたと聞いた。このままでは遠からず何らかの処分を受けるんじゃないだろうか。
それなのに自分は『ヒロイン』だから大丈夫だとほざく。
本当に何を考えているのか意味不明な女だ。
戦ってきた俺には分かるが、この世界は現実だ。
ここはゲームの中ではないし、周りの人間はNPCではないのだ。
奴らにだって感情はあるし、色々な思惑で動いている。
この世界で彼らはちゃんと息づき、生活しているのだ。
好き勝手にやってゲーム通りにハッピーエンドなんてなるわけないだろ。
いらついた俺はエリーをさっさと追い出した。
「やってられるか!」
奴らへの怒り、帰れない悲しみ、生きる事への絶望……
胸の奥から色んな感情が湧き出して、何もかもをぶち壊したくなってきた。
頭を冷やそうとバルコニーに出た俺は欄干にもたれ掛かって項垂れた。
もう戦う気力が湧いてこない。
自暴自棄になりかけた俺の目に鮮やかなピンクが入って来た。
スリズィエ――あの日本の桜を連想させる綺麗な花。
満開のスリズィエを見ていたら自然と涙が零れた。
「帰りたい……」
それはもう叶わない願い。
「俺はどうすりゃいいんだ」
何もかもがどうでもよくなった。
もう生きる意味も無い気がした。
「もう戦う必要もないしな」
このまま死んでしまった方がいいんじゃないかと思った。
裏切りと倨慢に満ちたあんな連中の為に戦い続けるのはごめんだ。
ただ夜の微かな光源に浮かぶスリズィエを眺めていた。
ふとある女性の話を思い出した。
『ミレーヌ・フォン・クライステル』――
彼女はあの女に嵌められ、婚約者からも裏切られ、更には友人や仲間、家族からも捨てられた。追放の時には王都民から罵声を浴びせられ、石を投げられたとも聞いた。
勇者の洗礼を受ける為に教会へ行った時に司祭がそう話していた。彼は彼女を王家やエリーの横暴から守れなかったと悔しそうに語った。
彼女の世話係をしていたと言うシスターは彼女の話を涙ながらに語った。ミレーヌという女性はとても誠実で真面目な少女で、高齢の聖女エンゾを良く支え、人々の為に身を粉にして『聖務』に励んでいたらしい。
それなのに、彼女は支えてきた全ての連中から裏切りを受けた。
俺と境遇が似ている。
何となくそう思った。
だが、今の彼女はどうだろうか。
守っていた筈の人々から裏切られ、踏み躙られ、その心は深く傷ついた筈だ。
それなのに追放された辺境でも彼女は同じように人々へ救いの手を差し伸べている。
人を救うのに直向きで献身的に生きるその姿に、人々は彼女を『辺境の聖女』と呼んでいて、この国の外でも有名になっている。
簡単に折れそうになっている俺とは真逆の存在だ。
彼女はどんなに打ちのめされても、自分の芯を曲げない女性なのだろうか?
こんなクズばかりの世界で、どうして彼女はそんなにも真っ直ぐに生きられるのだろうか?
『ミレーヌ・フォン・クライステル』――
その彼女の名前がどうしてだか気になった。
『辺境の聖女』と呼ばれる彼女が頭から離れなくなった。
「どんな女性なんだろう」
その名前に魅かれるように王城を抜け出し、俺は王都から姿を消した……
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