32. 追憶『勇者』
「あら? 結構イケメンね」
俺が訓練場で素振りをしているところに、その女は突然やってきて声を掛けてきた。
薄いピンク色の髪に、空色の瞳をした俺の世界ならけったいな色合いの持ち主だ。だが不思議とその色彩に違和感が無く、彼女の容姿は普通に可愛らしいものだった。
しかしながら清純そうな外見と違い、会って早々に色目を使ってくるこの女からは嫌な印象しか受けなかった。
なんとも表現が難しいが、異臭を感じて我慢できないような、とにかく近づきたくない生理的嫌悪感が湧いてきたのだ。
そんな俺の胡乱げな様子を気にも留めず、その女は俺にしな垂れてきた。
「あなた日本人なんでしょ?」
「なに!?」
突然のキーワードに俺は驚倒しそうだった。
聞けばこの女も前世が日本人だと言うのだ。
同じ日本を知る者だとその女に対する警戒が少し弛んだのだが、話してみればとんでもない女だと思い知らされた。
エリーと名乗ったこの女は王太子妃だった。
そして得意気に語り始めた内容はこの世界の事。
「実は私って『ヒロイン』なのよ!」
「はあ?」
この世界は乙女ゲームであり、自分はヒロインで皆から愛される存在だと宣った。そして自分の役割は複数いる攻略対象と恋仲になり、王太子の婚約者にして最高峰の聖女である『悪役令嬢』を追い出す事なのだそうだ。
5年前に実際その『悪役令嬢』を追放したと話すのだが、聞いてみてもその『悪役令嬢』が何をそんなに悪い事をしたのかと頭を捻った。
だいたいゲームのストーリーと同じイベントを起こさなかったからと『悪役令嬢』に殺害未遂の容疑を掛けて追放するなど正気とは思えない。そんな話を楽し気に話すこの女に反吐が出そうだった。
本当にこいつは俺と同じ日本人なのか?
正直に言って平気で人を貶めるこの女も、それに加担する王族や貴族達も信用がならない。
だから甘ったるい声を出してベタベタと近づいてくる『ヒロイン』や薄笑いを浮かべる『攻略対象』どもから距離を取った。
だいたいこいつらは合意も無しに勝手に俺を召喚したような連中だ。はっきり言って仲良くしたいと思わないし、こいつらがどうなろうと俺には関係ない。
だが『魔王』とやらを倒せば日本に帰してくれると約束はしたので、俺は一刻も早く強くなろうと鍛錬に励んだ。
「こんな程度も受けきれないのか?」
「くっ!」
「勇者などと持て囃されても大した事はないな」
最初に俺を扱いたのはエリーが『攻略対象』と呼んでいた騎士団長の息子らしい。どうも俺を敵視しているみたいで、鍛錬中にこうやってしょっちゅう突っかかってきた。
いつもこうやって俺を打ちのめしては罵倒してくるわけだ。
俺の何が気に入らんのか知らないが、本当に嫌なヤローだ。
俺には実戦経験が無い。
いきなり戦えるわけないだろうが。
ところが異世界に転移した恩恵だろうか、鍛えれば鍛えるだけ俺はどんどん強くなった。それは自分でも引くぐらい異常なスピードで強くなったのだ。
数日でこの騎士団長の馬鹿息子を返り討ちにできるようになったし、この馬鹿息子が腹いせに嗾けてきた数人の騎士もやり合っているうちに軽く一蹴できるようになった。
騎士団長を始めとする実力者達もすぐに相手にならなくなり、まともに相手をできる者がいなくなった。
どうも戦えば戦うほど俺は強くなるようで、『勇者』とはこれ程のものなのかと自分の事ながら恐ろしくなった。
そして遂には騎士数十人を同時に相手してもあっさり蹴散らせるくらいになってしまい、アシュレイン王国でこれ以上は無理だと思われるところまで強くなった。
この国でこれ以上鍛えられないと、俺は主戦場であるスターデンメイアへと向かうことが決まった。
ただ、戦場と言っても戦う相手が人間ではないのは助かった。
黒い奴ら『魔獣』は、俺が斬り伏せると黒い靄を放出して消えて行くので罪悪感も余りない。正直に言って血飛沫が舞う場所であったら、俺は正気を保てる自信がなかった。
当たり前だ。
俺は平和な日本で暮らしていた普通の高校生なんだから。
俺はこの戦場で次々と襲い来る『魔獣』を先陣を切って滅した。
斬り、薙ぎ、払い、突き刺し、斬り伏せ、斬り上げ、時には殴り、蹴り。
ただ俺はとにかく黒い奴らを斬って、斬って、斬って、斬って、斬って……
どれ程の数を倒したか分からない。
とにかく俺は1人で戦場を駆け巡った。
アシュレイン王国の連中も戦場にいたが、俺に加担する様子は全くない。それにはっきり言ってこいつらは全く戦力にならないどころか足手纏いでしかない。
それなのに偉そうに命令だけして現場を引っ掻きまわし自分達の安全だけは守ろうとするのだから、他国の兵達から顰蹙を買うわけだ。
しかもあいつらは、俺をまるで化け物のように扱う。
酷い時には戦場の真っただ中に1人残されたりもした。後に奴らの言い草は「貴殿は『勇者』で強いのだから大丈夫だろ」「我々では足手纏いでしたので」だ。本当に殺してやりたくなるくらい信用のできない連中だ。
アシュレイン王国で信用できる奴は死体だけじゃないのかと思う程だ。
他の国の人間はまだ一緒に戦ってくれるだけマシではあったが、俺を『勇者』と呼んで腫れ物のように扱うのはあまり変わりはしなかった。
だからこの戦場でも俺はやつらから距離を取った。
1人で戦い1人で魔王を倒せばいいと思っていた。
この世界の住人との関係は刺々しく、だから俺も周囲に壁を作って戦いに明け暮れていた。
ただ、どこの世界にも物好きはいるものらしい。
こんな俺に声を掛ける奴らもいた――
「こんな所にいたのかユーヤ」
俺より少し歳上で大剣を背負った厳めしい青髪の男。
「パンとスープ貰ってきたから一緒に食べましょ!」
俺と同年代くらいで杖を持った勝気な顔つきをした赤髪の女の子。
――剣士のゴーガンと魔法師のフレチェリカの2人だった……
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