31. 追憶『召喚』
辺境の地『リアフローデン』を目指し街道を進んでいた俺が彼女とそこで出会ったのはきっと必然だったのだろう――
ずっと痕跡を残さぬよう人目を避けて道なき道を進んできたが、辺境へ入ったあたりから俺は街道へと出た。
しかし、王都の奴らに行き先を気取られぬ為には仕方がなかったとはいえ、ここまで来るのに随分と時間を費やしてしまったな。
それに休養や食事もままならない旅であったし、人気の無い道とはあいつらのテリトリーだから常時戦闘状態だったので疲労も激しい。
通常の人間だったらとっくにおっちんじまっていたところだろう。
ほらまた、前方からあいつらの嫌な気配が漂ってきやがった。
だが特に何の感慨も湧かないな。
ああ、いつもの黒いあれかと、ただそう思っただけだった。
案の定そのまま進むと、数十体の黒い奴ら『魔獣』が視界に入ってきた。
どうやら行商人らしき一団を襲撃しているようだが、不思議な事に『魔獣』は一定の距離よりも馬車に近づかずに囲んで威嚇しているだけだった。
馬車側の武装をした連中も馬車の周辺から離れようとしない。
「結界か……」
光のカーテンを思わせる結界が馬車の周囲をぐるりと覆っている。実際それを『魔獣』は越えられずにいた。戦場でも似たものを見たがそれらよりもずっと強固な結界のようだ。
いったい誰が張ったものなのか――
「あれは……シスターか?」
――気になって目を凝らして馬車の一団を窺うと、その男達の中に場違いなシスターの恰好をした女性が1人混ざっているのが見えた。
肩で揃えられた金色に輝く髪と優し気な緑色の瞳の女性だ。
彼女の周囲は信じられないくらい清浄で、目に見えるほど清らかで、その身に纏う雰囲気はとても温かく、そしてどこまでも優しかった。
一目見て彼女を凄く綺麗だと思った。
見惚れるほどとても美しいと感じた。
彼女から目が離せないのは、きっと俺の心が彼女に囚われたんだろう。
何故だろう自然と『彼女』だと分かった。
ミレーヌ・フォン・クライステル――
向こうも俺に気がついたらしく、男たちが頻りに俺を指差したり何やら大声で騒いだりしていた。彼女も心配そうに俺を見詰めている。
何故だかその綺麗な翠の瞳が曇るのが嫌だった。
無性に彼女にそんな顔をさせたのに罪悪感を感じた。
自分の事なのに意味が分からなかったが、自然とそんな気持ちが湧いた。
突如、俺の存在に気がついた『魔獣』の群れの2体が、物凄い勢いで俺を目掛けて疾走してきた。
形態は前屈みの猿みたいだが、どんな形であれ奴らは全身が真っ黒で気持ちの悪い気配を発するのに変わりわないし、俺にとってはあまり意味がなかった。
その2体の黒い獣が俺目掛けて一気に飛び掛かってきた。
俺は左手で鯉口を切っていた刀に右手を添えると一瞬にして抜刀し、その抜きざまに『魔獣』の1体を薙ぎ払った。すぐさま柄を腰へと引き寄せると、切っ先が弧を描き黒い奴の血も舞う。
更に腰だめに刀を構えたまま左足をずいっと前に出して全身を沈ませ、斜め上方に見えるもう1体の黒い奴目掛けて斬り上げた。
それで終わりだった。
時間にして1秒と掛かっていないだろう。
速すぎて誰も何が起きたのか理解はできていないんじゃないだろうか。実際に男達は黒い奴に止めを刺す俺を唖然とした表情で見ていた。
シスター服の彼女も両手で口を覆って大きく目を見開き驚いている。
その表情を見て、俺は無性に可愛いと思った。
彼女の余りの愛らしさに、俺の顔が熱くなる。
この緊迫した状況で何とも場違いな想いを抱く自分が無性におかしくなった。
ああ、こんな気持ちを抱いたのは何時以来だろう?
少なくともこっちの世界に来て初めてではないだろうか。
そうだ……
俺はこの世界の住人ではない。
俺の名前は結城悠哉。
5年前に俺は日本から無理矢理この世界に呼び出されたのだ。
思い出すにも腹立たしいあの日に――
「成功だ!」
俺は急に光に包まれ気がついたらその大広間にいた。
周囲から何やら大きな歓声が上がり、俺は何が起きたのか理解できず茫然としていた。
「この少年が『勇者』なのか?」
「見たこともない服装ですな」
辺りを見回せば時代がかったおかしな恰好をした男達が俺を見て何やらざわついていた。
周囲には立派な支柱が何本も立ち並び、天井は旅行先で見た大聖堂みたく高い。床には変な文様が円形に描かれていて俺はその中心に1人立っていた。
本当に何が起きたんだ?
確か学校からの帰り道を歩いていたのに、気がつけば見知らぬ場所だ。
「よく来てくれた――」
おそらく俺より少し歳上の、やたら煌びやかな服を着た男が尊大な態度で俺の前に立った。そして次の言葉で俺は何となく今の自分の事態が飲み込めたのだった……
「――異世界からの『勇者』よ」
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