26. 噂『魔王』
日が大地へと傾きその光に赤みが増すと、王都の飲み屋が連なる繁華街の建物も朱色に染まっていく。この場所はこの時分には路を歩く男達の数も次第に増え、街路のみならず店の中からも陽気な喧騒が聞こえてくるようになる。
しかし、ここ最近の訪れる客の顔色は以前と比べてどこか余裕がないように見受けられた。
酒場で語り合う内容も、馬鹿話で笑い合うような明るいものよりも、不平不満などの陰鬱なものが主になってしまっているようだった。
そんな酒場の1つで酒を酌み交わす2人の男の話題も余り楽しいものではないようだ。
「この間また王都近郊の村が『魔獣』被害にあったらしい」
青髪の男が険しい顔で語りかけると、対面でエールをちびちびと啜るように飲んでいた赤髪の男が相槌を打った。
「ここんとこ『魔獣』被害が増え過ぎじゃないか?」
「ああ、エンゾ様が亡くなられてから酷くなる一方だ」
青髪がげんなりしてため息混じりに言うと赤髪は舌打ちした。
「ったく! 王太子妃殿下も聖女様だろうに何やってんだ」
「しっ!」
連れの赤髪の不用意な言葉に青髪は慌てた。まずいと思った赤髪も口を押えて周囲を見回したが、特に彼らの会話を聞き咎める者はいないようで、2人はホッと胸を撫で下ろした。
「発言には気を付けろ」
青髪は顔を近づけ声を低くして赤髪の軽はずみな言動を注意した。
「何処に誰の耳があるか分かったもんじゃないんだ」
「すまねぇ」
青髪の指摘に赤髪は自分の迂闊な発言を素直に詫びた。
「スリズィエの君のご機嫌を損ねたらどうなるか。あのクライステル伯爵家だって潰されたんだぞ」
青髪が口にしたスリズィエは、エリーの髪の色にちなんだ彼女を指す隠語である。彼女の噂をする時は、周囲にそれと分からないようにするのが暗黙の了解になっていたのだ。
「クライステル伯爵か……確かアルス殿下に婚約破棄された女の家だったか?」
「王太子の婚約者だった彼女でもスリズィエの君に追放されちまうんだからな」
王太子妃になったばかりのエリー・マルシアは庶民から絶大の人気を誇っていた。平民時代に聖女の力を振り撒いていたエリーは誰からも愛されていたし、そんな彼女が何をやっているかも分からないお貴族様の聖女を退けて王太子妃になったので、大半の王都民は喜んだものだった。
しかし、王太子妃になってからというもの、エリーは『聖務』を完全に放り出し、奢侈に走っていた。その穴埋めに聖女のエンゾが奔走し、その無理が祟って儚くなったのは、既に市井でも知るところである。王都民の落胆は大きいものであった。
「あれはあの女がスリズィエの君を殺害しようとしたからだろ?」
「どうだかな」
「何だよ違うってのか?」
青髪は再び周囲を見回してから赤髪に顔を近づけた。
「彼女はリアフローデンに追放されたんだが……」
「あの『魔』が蔓延る辺境の地か」
「今じゃ国で一番安全な場所になっているそうだ」
「は?」
青髪が口にした情報が理解できずに赤髪は惚けた。
「棲みついていた『魔獣』は討伐され、大地の『魔』は清められ、結界によって町は守られているそうだ」
「どうやって?」
「追放された彼女の働き以外ないだろ。今じゃ辺境の聖女なんて呼ばれてるらしいぞ」
「まさか……だってあの女は聖女を騙った悪女なんだろ?」
「だからさ……彼女を悪女呼ばわりしたのは国とスリズィエの君だろ」
「それじゃあ俺達は騙されてたってのか?」
そう言えば赤髪は追放される彼女に石を投げていたなと青髪は思い出した。
「騙されるも何も俺は最初から言っていただろ。スリズィエの君は怪しいって」
「そ、そうだったか?」
赤髪は惚けたが、青髪が何度も忠告したのにエリーに心酔していた赤髪は聞く耳を持たなかったのだ。
「考えれば分かるだろ。スリズィエの君が聖女として登場する前まで王都は安寧だったんだぞ。誰の働きだと思っていたんだ?」
「それは……」
「スリズィエの君なんて人気取りしかしてないだろ。今まで聖女として俺達を支えてくれたのは彼女の方だ。今の王都とリアフローデンの差を聞けば分かるだろ」
「……」
青髪に言い返せない赤髪はむっと黙り込んでしまった。頭では青髪の言う事が正しいとは分かるのだが、やはり自分が間違っていたと指摘されると面白くないらしい。
ただでさえ『魔』の汚染で王都が不景気になって沈んでいるのだ、面白くない話というのは実際に堪えるものである。
「おい大変だ!」
しかし、面白くない事というのは団体で押し寄せてくるものらしい。お通夜の様に暗然とした雰囲気になっていた2人のテーブルに、茶髪の男が凶報を持ってきたのだ。
「スターデンメイアが滅んだらしい!」
「「なんだと!?」」
隣の友好国に降り掛かった突然の凶事に青髪も赤髪も驚愕した。
「どっかの国が攻め込んだのか?」
「それは無いだろ。スターデンメイアはそこそこ強国だし、あそこは『魔族』に対する橋頭堡だ。そこまで馬鹿な国もないだろう」
青髪の指摘に茶髪が頷いた。
「ああそうだ国じゃない……『魔族』だ」
「「『魔族』だと!?」」
茶髪の言葉に青髪も赤髪も文字通り二の句が継げなかった。
「そうだ……『魔王』が甦ったらしい」
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