2. シスター・ジェルマ
「随分と遅くなってしまったわ」
私は足早に町中の教会へと続く途を進みました。先程の『聖務』で随分と遅くなり、辺りはもう昏くなっていました。
『聖務』――
それは神から課せられた聖女の義務、世の人々への献身的な奉仕、聖女の尊い務め。
神より与えられし聖なる力『神聖術』を行使して『魔』を祓い、地を清め、結界にて人々を守る重要な職務です。先程の『魔獣』討伐もまた『聖務』の一つなのです。
もっとも私は元聖女ではありますが……
私が務めている教会の簡素な鉄柵の門に辿りつきましたが、併設されている孤児院の明かりは消えていました。
辺りはもう真っ暗です。
やはり子供達はもう寝ているのですね。
私の部屋は孤児院の中にあります。
子供達を起こさないよう気を付けないと。
私は音を立てないよう気を配りながら扉を開けましたが……
「シスター・ミレ」
しかし、入り口でシスター・ジェルマに呼び止められました。
こんな遅くまで私を待っていてくれたのですね。
シスター・ジェルマは孤児院の院長を務めている、芯のしっかりした方です。王都を追われた私を最初に優しく迎え入れてくれた女性。
「遅くなって申し訳ありませんシスター・ジェルマ」
「謝罪の必要はありません」
私が頭を下げて謝罪しましたが、彼女は私の手を取って中へと導きました。
「寧ろ明日は貴方の誕生日だというのに、貴女にばかり負担を掛けてしまっている。私はそれをとても心苦しく感じているの」
そう言えば、明日が自分の40歳の誕生日であったと思い出されました。
そのシスター・ジェルマの心配りに、私は思わず苦笑いを零してしまいました。こんな年増になってまで、自分の誕生日を祝いたい気持ちにはなれません。
「シスター・ジェルマのそのお気持ちだけで十分です」
私の言葉にシスター・ジェルマはゆっくりと首を横に振りました。
「いいえ、これだけは言わせてほしいのです……いつもありがとう」
落ち着いた声で礼を述べられ、直ぐにそれが先ほど出現した『魔獣』の討伐であると理解しました。
だけど『魔』から町を守る結界を張り、『魔獣』を討伐する。
それが聖女であった私の仕事、私の存在意義、そして私の意地――
「シスター・ジェルマ……」
――だから私はシスター・ジェルマの瞳をしっかりと見て告げるのです。
「……それは元とは言え聖女であった者の務めです。それに――」
私は守りたかったから……
「――こんな私を受け入れてくれた、この地への僅かな恩返しでもあります」
「『こんな』だなんて……」
私の回答に、シスター・ジェルマは眉根を寄せて軽く溜め息を吐きました。
「そんなに自分を卑下するものではないでしょう」
「ですが、私は罪に問われ王都を追放されて、この辺境の地に来た身です」
「シスター・ミレはとても素晴らしい女性よ。それに貴女のその冤罪は晴れたでしょう?」
「……」
シスター・ジェルマの指摘に私は押し黙る。
冤罪――
その言葉に思い出されるのは、私の若かりし頃の思い出……
――それは遠い遠い過去の、苦い苦い記憶……
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