14. 価値の所在
「さぁ、まずは身体を拭いて着替えましょう」
私が泣き止むまでシスター・ジェルマは待ってくれました。そして、長い拘留に弱っていた私の身体を支えて、ゆっくりと教会の中へ誘ってくれたのです。
「いつまでも若い娘がこんな格好をしておくものではないわ」
そう言うとシスター・ジェルマは私の為にお湯を用意してくれました。
それから汚れきったドレスを脱いで私が体を拭き始めると、彼女は布を手にして背中へ回り清拭を手伝ってくれました。
体を拭いて汚れた布を湯を張った桶に浸すと、透明だった液体がみるみるうちに黒くなっていきました。私の汚れはそんなにも酷いものでした。
私はそれを見て、自分がそんなにも不潔であったのだと知り恥かしくなりました。そして顔を赤くして俯きシスター・ジェルマに「すみません」とか細い声で謝りました。
「直ぐに新しいお湯を用意するわね」
ですが、彼女はただ優しくひたすらに親切で、私の身体の汚れが落ちるまで根気よく丁寧に洗い、そして私の為に着替えを用意してくれたのです。
「ごめんなさいね。着替えはそれしかないの」
「いえ、ありがとうございます」
私が袖を通した服はシスター・ジェルマと同じ修道服でした。ゆったりとした黒い踝丈のワンピースに白い襟掛け。違いは彼女が被るベールを付けた頭巾がないだけでした。
「良く似合っているわ」
「あ、ありがとうございます」
「『アシュレインの翠玉』の呼び名は聞いていたけど……本当にびっくりするぐらい綺麗ね」
シスター・ジェルマは身綺麗になった私を見て、溜め息と共に感心するように感慨を漏らしました。
「貴女ほどの美しい娘を袖にするなんて、アルス殿下も何を考えているのかしらね」
片目を器用に瞑って悪戯っぽく笑う彼女はとても魅力的でした。
私は断罪からこれまで人々から数々の謂れの無い誹謗を受け、追放の日に守るべき民衆から罵りの言葉と石を投げられました。だから私は自分自身を否定的に捉えるようになっていました。
負った傷は既に『神聖術』で癒せていますが、心を抉った傷を治す術はなかったのです。
「私にはきっと価値が無いのです。女としても、聖女としても……」
だから穏やかなシスター・ジェルマは私にはとても眩しくて、私の口を衝いて出たのは己を卑下する言葉。
ですが、その塞ぎ込んだ物言いの私に、彼女はあらっと不思議そうに首を傾げて見せたのでした。
「ふふっ、価値の無い人なんていないのよ」
「ですが……私は王都で……」
彼女は真っ正面から私を見据え、その琥珀色の瞳に私は言葉を詰まらせました。
「実はこの世にある全てのものは等しくみな価値が無いのよ。だから逆に言うと価値の無いものは何もないの」
「仰っている意味が良く分かりません」
柔らかい雰囲気の彼女との問答は、まるで王都でエンゾ様から教えを乞うている時のようでした。つい先日まで当たり前の事だったのに、それがとても懐かしくて温かい。
「この世には価値のあるものは何も無いの。だから人は自分の周囲にあるものに対して自分で価値を決めているの」
「……はい」
彼女の教えを私はしっかり咀嚼しながら胸の奥に落としていく。
「喜びなさいミレーヌ。貴女をこんなにも酷い目に合せた人達から、貴女は無価値と決められたのよ。貴女は王都の人々の価値観から解放されました――」
彼女の手が私の頭をそっと撫でる。それは辺境の生活で荒れていたけれど、今まで感じた誰よりも優しい手でした。
「――だからきっと貴女の価値はここで見つかるわ」
「見つかるでしょうか……この私に?」
不安そうな表情をする私に彼女はくすりと笑いました。
「あら、もう既に一つ見つかっているじゃない」
「え?」
「これだけ酷い目に合っても貴女は恨みも憎しみも口にしない。相手の心遣いに感謝の念を忘れない。そして、私の言葉に真摯に耳を傾ける――」
彼女の口から出る言葉は、私に対する労りでいっぱいでした。
「――そんな貴女の価値を私は知っています。貴女はとっても優しい娘よ」
だから私は零れる涙を押し留められませんでした……
いつも誤字報告ありがとうございます(∩´∀`)∩
これからも誤字、衍字など何かございましたら報告いただけると助かります!




