13. 辺境のシスター
「私はこの修道院の尼僧でジェルマと申します」
私を乗せた護送馬車は町にある教会の前で停車し、そこで騎士達は私を馬車から引きずり降ろしました。私は抵抗する気力もなく彼らに枷の鎖を引かれ教会の敷地内へ入ったのですが、そこには一人の尼僧が扉の前で待っていました。
「貴女がミレーヌですね」
私の一回りくらい歳上らしきその女性は、温かく柔らかい笑貌がとても魅力的でした。
そして彼女は罪人として運ばれてきた私に嫌そうな素振りを全く見せず、躊躇なく近づいてきたのです。
「お初にお目に掛かります。ミレーヌと申します」
せっかく丁寧に挨拶をしてくれましたが、手枷を嵌められた私は頭を下げることしかできませんでした。それでもシスター・ジェルマは満足そうに一つ頷かれたのです。
何という素晴らしい女性なのでしょう。
今の私は牢に投獄されてから護送されてここに着くまで身を清められず汚れていました。しかも、鎖に繋がれて騎士に引き回されている咎人なのです。
それなのに彼女はそんな状態は意にも介さず、ただ私を真っ直ぐ見据えて下さったのです。
「その枷はもう必要ないでしょう。取り外して頂けますか?」
私の枷を見て一瞬だけ眉を顰めたシスター・ジェルマは、鎖を持つ騎士に静かな口調でしたが堂々と言い放ったのです。
「で、ですがシスター。この者は罪人で……」
「ここはリアフローデン。国の最果てにして『魔』の蔓延る辺境の地ですよ。逃げることもできない場所で枷は必要ないでしょう」
毅然とした彼女の威に打たれた騎士達の狼狽は見苦しいものでした。
「し、しかし……」
「今日より彼女は私共があずかります。たった今から彼女はこの教会の尼僧になりました。神の僕たる尼僧は、ただ神の教示という枷のみを身に付ければよいのです。その枷は不要ではありませんか?」
「あ……くっ……は、はい……」
鎖を握っていた騎士は焦った様子で鍵を取り出し枷を外し、他の騎士と揃って慌ただしく去っていきました。
シスター・ジェルマは枷のせいで赤く腫れた私の手首にそっと触れました。
「酷い扱いを受けたのね」
「あの……い、ま…私……きたな……」
私は清拭も許されず檻から一歩も出してもらえずに、ずっと閉じ込められていたのです。その姿は酷いものでした。
衣類はもう襤褸と成り果て、ほつれ髪は埃とふけだらけで、体は垢や砂で汚れきっており、自らのし尿に塗れた私は汚れきっていただけではなく、凄まじい悪臭を放っていた筈です。
しかし、彼女はそんな見窄らしい私に、酷い臭いを放つ私に……そして咎人である私に対して、近づき触れる事に微かな逡巡も見せなかったのです。
「貴女の事はエンゾ様より聞いております」
「エンゾ様に?」
「あの方は以前『巡礼』でこの地を訪れたことがあるのです。今でも手紙の遣り取りがあるのですよ」
聖女の『聖務』に『巡礼』と呼ばれるものがあります。まだ聖女の数が多かった時代は彼女たちが地方を回って浄化と癒しを与えていたのです。昨今では人手が足りず疎かになってしまった務めです。
「貴女は誰よりも強い力を持った聖女。でもそれに驕ることなく、どの様な『聖務』も厭わず率先して行う心根の真っ直ぐな娘だと」
「エンゾ様が私をそのように……」
エンゾ様の穏やかな表情が脳裏に浮かび、あの方にお会いしたくなりました。とてもとてもお会いしたくなりました。だけどそれはもう叶う事の無い願いです。
「貴女は誰よりも清廉な聖女。ただ、ちょっと生真面目すぎて心配になるくらい頑張り屋なのが欠点だとあったわね」
そう言って片目を瞑って悪戯っぽく笑うシスター・ジェルマを見ていると、嘗てエンゾ様が働き過ぎよと言って私に向けた困った笑顔を思い出してしまいました。
「貴女の罪は聞き及んでおります。ですが私は見たこともない王都の聖女様よりもエンゾ様のお言葉を信じます」
「あ…ぁ……」
エンゾ様の徳行は、この様な辺境の地まで照らしていたのです。
ああ、私は王都でも辺境でもエンゾ様の庇護に助けられている。
あの方にどれ程の感謝を捧げればよいのでしょう。
あの方にどの様に報いれば恩を返せるのでしょう。
「それに人伝の話よりも、私の前に立つ貴女にこそ真実があります」
シスター・ジェルマは私の頬に手を添えて、真っ直ぐ私を見据えた。
「私は目の前にいる貴女を信じます」
「う、ぅ…ぁ……ひっく……」
私はシスター・ジェルマの胸に縋り付き嗚咽を漏らしました。彼女は穢れた私の身体を厭わず受け入れて、優しく頭を撫でてくれました。
「貴女にひとかけらの穢れもありません」
「うあぁぁぁぁぁあ!!」
私は叫ぶように声を上げました。
ただひたすらに彼女の胸の中で泣きじゃくりました。
その声も流れる涙も感情も何もかも、胸の内から激しく湧きだすその全てを堰き止められませんでした。
寂しかった?
苦しかった?
痛かった?
辛かった?
理由なんて分かりません。
止め処もなくボロボロと溢れ出す涙をそのままに、私はわんわんと幼女のように声を大にして泣いたのでした……
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