第7話 魔力戦線
ところ変わって演習場。一人一人が魔法を披露している最中だ。
「井上拓哉です。土魔法を得意としています」
ズオオオオオとせりあがる地面が徐々に形を成していく。完成したのは、服屋などで見かける女性のマネキンのようなものだった。
「これをよりリアルに仕上げることを人生の目標としています」
なんとも残念な目標だ。しかし、先ほどから見ていて思うことがある。
やはり、全員のレベルが高い。
自身で魔力を操作して、このクラスに入ってきているというのも嘘ではないようだ。
「次、私行きます!!井上君ちょっと攻撃してきてもらっていい?」
お、次は白葉か。以前、ズボンやスカートをはけないのは自身の足に宿る魔力の高さ故だと言っていたはずだ。それが本当なら相当すごい魔法なのだろう。
指名された井上は、どこか落ち着かなさそうにしている。
「ぼぼぼぼ僕でいいなら喜んで!!だけど、危なくないかな」
流石といったところだろうか、彼女はすでにこのクラス圧倒的な支持を得る立場を確立しているようで、周りの連中も彼女に怪我をさせてたら殺すといったように、腰を上げている。井上と名の刻まれた墓石を作っているやつすらいる始末だ。
この場合は、白葉がお願いしたのだから別なんじゃないかと思いながら、拳を固めて中腰の姿勢をとる。
まあ、怪我させたら俺もリンチに参加するんだけどね。
「ごめん!!」
そんな空気を断ち切るように、井上は魔法を放つ。彼から放たれた土くれが徐々に竜の形へと姿を変える。
彼女は、一直線に、自身へ向かってくる土の竜をよけようともせず見据え、そのしなやかな足を前へと突き出した。土の竜は、彼女の足に直撃したのち、自然にかえるように瓦解した。
何が起こったのか理解できない俺たちをよそに、白葉は天真爛漫な笑顔を見せる。
「白葉凛です!すべての魔法を無に帰す魔法を使います!よろしく!!」
この子、とんでもないこと言ってない? 魔法を否定する魔法なんて聞いたこともない。彼女がその魔法を最大限に生かすような身体能力を身に着けたら、それこそ無敵だ。
「へええ。すごいな」
隣では、変態好青年である三上もうなり声をあげている。
担当教師として見守っている伊藤鷹男ことヘラクレスも驚きを隠せていない様子だ。彼は教師で、これまでにも多くの魔法を見てきたはず。そんな人が驚いているという事実が彼女のすごさを物語っている。
あまりのことで皆があっけにとられているので、そのすきに自分がパパっと自己紹介を済ませてしまおうと思い手を挙げる。俺は魔法なんて使えないから、見てるほうも退屈だろうしな。
「次、俺行きます」
「てめえは魔法が使えないんだからしゃしゃり出てくんじゃねえ!!」
「白葉さん見て潤った目を汚そうとするんじゃねえよ!!」
「白葉さんがお立ちなさっていた地面に触れんじゃねえ!」
復活したPクラスの面々が口々に罵倒してくる。泣きそう。どうして俺にはこんなに敵が多いんだろうか。まさか、このクラスで、唯一の真人間であるからそりが合わないと思われているのか?
今ばっかりは真面目な自分が恨めしい。
「みんなそういうなよ。彼だって僕たちの仲間じゃないか」
なぜか三上が立ち上がって皆を説得しようとしてくれている。なんだよこいつ。変態なだけでいいやつなのか?
「だがよ。魔法が使えないカスだぜ」
「ほんとだぜ。自己紹介もいらねえよな。もう世界一の馬鹿だってわかってんだからよ」
本当に人を貶すIQだけは高い奴らだ。
「いや、僕は彼の身体能力がどのようなものか見てみたいんだ。だからさ、こういうのはどうかな」
あ、やばい。めちゃくちゃ嫌な顔している。絶対ろくでもないこと考えてるぞ。
「やっぱ俺はいいわ。もう自己紹介の必要がないほど有名なようだし」
頼む。本当にやめてくれ。アイコンタクトで三上に猛アピールをするも、こちらをまるでみようともしない。
「伊藤先生と闘ってもらおう!!」
「「「それがいい!!」」」
「三上いいいいい!!てめえええええ!!」
考えうる中で最低の未来だ。あんな人間の形を模した生物兵器と闘わされるなんて聞いていない。いや、ヘラクレスは手が早いとは言え教師だ。理由もなく生徒を傷つけるような提案には乗ってこないはず。
ぎぎぎと壊れかけのおもちゃのような挙動でヘラクレスを見る。彼もこちらを見ている。仕方がないのでウインクを一つプレゼントする。すると、彼は物理的に重そうな腰を持ち上げて、皆の前に立った。どうやらあほなことを言うなと説教してくれるみたいだ。
「やるか」
「なんでえええええええええ!?」
おかしい。この男の倫理観はどうなっているのだ。廊下を走ったり、遅刻をしただけで叱ってくる堅物と同一人物だとはとても思えない。
「さては、貴様二重人格だな!!」
「どういう思考回路なんだ、お前は」
まるで理解できないという顔だ。馬鹿だなこいつ。流石、脳まで筋肉でだけのことはある。
「冗談だ、と言いたいところだったが、気が変わった。お前の顔を見ていたら殺意がわいてきた」
殺意を原動力として動くというのは、教師としていかがなものなのだろう。この人がPクラスの担任になったのって、もしかして俺たちへの牽制とかじゃなく、そもそもほかのクラスを任せられないからだったりしないか?
「お前にとっても悪い提案ではないだろう」
悪い提案以外の何物でもないだろう。ふざけたことをぬかしやがって。
「お前は今、俺を殴る権利を得たんだぞ」
なんていい提案なんだ!! 昨日殴られたことなどの仕返しができるということか!!
それなら何も迷うことはない。一度伸びをして戦闘態勢に入る。その様子を見て、ヘラクレスもにっと笑う。
「かかってこい」
いわれるや否や、全速力で駆け出す。奴は、まだ先ほどまで俺がいた場所見ている。反応できていない。
ヒャッハー! サンドバックだぜ!!
拳に恨みを込めて殴りまくる。しかし、20発ほど殴ったところで違和感に気づく。手ごたえはある。
ただ、まるで効いている気がしない。おそるおそる奴の顔を覗き込むと、全く意に介していないといったご様子だ。
埒が明かねえ。一度攻撃の手を緩めて、距離をとる。
その後、すかさず飛び込んで、側頭部に回し蹴りをくらわす。これも効かない。
なんて硬さ。その肉体は伊達じゃないということか。
いや、違う。これは魔法だ。いくら筋肉を身に着けていたって、生身で俺の攻撃を受けきるなんてことは不可能だ。これはおごりなんかじゃない。
「なんの魔法だ?」
「魔法など使っていない」
「なんだと!?」
素であの硬さだと!?信じられないと困惑していると、ふっと軽く笑われる。
「と言いたいところだが冗談だ。実戦で自分の手の内を明かしてくれる奴などいない。自分で考えて対処することだ」
こいつ。指導をする余裕があんのかよ。
その余裕だけでも引っぺがしてやりてえな。
奴の魔法は、魔力による防御力の向上と考えよう。だめだ、これといった攻略法が見つからん。
やっぱ、弱点を突くしかないよな。
人体の弱点、正中線上の一点を見つめる。
「おい、貴様。何を見ている」
「あんたの死だ」
またも目の前に飛び出し、つま先ををぴんと伸ばす。遠心力にのせて、これでもかという力を込めて、ある一点をけり上げる。
「死ねええええええええええ!!!」
ガシという音が聞こえたと思ったら、奴の右の手によって蹴り上げた右足が抑え込まれている。
「あれほど見つめられたら馬鹿でもわかる」
そういった後、俺の溝内を躊躇することなく殴る。
「ぐえっ。この鬼」
「俺の大事な部分を機能不全にしようとしたんだ。それくらい我慢しろ。三上、満足したか?」
「ええ、満足しました」
「お前もこの形式でやるか?」
「勘弁してください。先生と闘うなんてよっぽどの馬鹿じゃないとできませんよ」
平然と言ってのける三上。誰のせいで俺がこうなっていると思ってんだ。後で絶対ぶん殴ってやる。
朦朧とした意識の中だったが、俺の次に魔法を披露した三上は、雷魔法という普通に恰好よくてすごい魔法を使っていた。
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「もう機嫌直しなよ。サンドイッチ食べる?」
実践魔法学が終わって昼休み。実践魔法学は2,3時間目に通しで行われた。
「いやいい。ありがとな。今、食いもんのどに通らんわ」
白葉の優しさが身に染みる。今でなければ喜んで受け取っていたというのに。
「全く君も馬鹿だね。あのヘラクレスに戦いを挑むなんて」
三上が、自分は全く関与していないという態度でそういう。許せねえ。もし、人生で一度人を殺める権利を得られるとしたら、その対象は間違いなくこいつだ。
「お前がけしかけたんだろうが」
今更怒っても仕方ないが、少し強めの口調で咎める。
「ヘラクレスの誘いにまんまと乗せられたのは君だろ」
痛いところを突かれて黙り込む。
「あんな見え見えの挑発にのる馬鹿初めて見たぜ。あー、今日は飯がうまいぜ」
高橋もここぞとばかりに俺をいじる。昨日、俺もお前に対して同じこと思ったぞ。
「しかし、とんでもない化け物だったな。あれが教師と生徒の差か。隙がなかったな」
田中は、俺との戦いで見せたヘラクレスの強さに震えている。確かにそうだ。あのレベルは想定していなかった。
「高校生と大人の差と考えたら、君はもう少し強くならないといけないかもね」
そう口を開いたのは三上だ。どういうことだ?
「これから先も君には退学をかけた何かが襲い掛かるんでしょ?」
「確かに昨日はそういわれたな。それとお前の言ったことにどんな関係があるんだ?まさか教師に勝てといわれるわけでもあるまいし」
「物事は常に最悪を想定するべきだ。そうだね。君の場合なら教師と闘うなんてこともないわけではないかもしれない。でも現実的なところでいくと、Sクラスだろうね。彼らを絡めた試練があるのは間違いないと思う」
なるほど、Sクラスか。Sクラスは今社会に出ても即戦力といわれているんだから、俺たちと彼らの間には大人と高校生くらいの差はあるかもしれない。
あの理事長のことだ、そんな試練を出してニタニタと笑っている様子は容易に想像できる。
仮に理事長が変わったらどうだろう。もう少し優しい人がその座に就けば、俺はそんな心配をしなくてもいいんじゃないか。
「やっぱ、暗殺しかないか」
俺のその発言を聞いて、三上たちは素っ頓狂な顔をしている。失礼だな。俺と同じ立場に立ったら、誰だってこの答えに行きつくはずだ。
あのなと言葉を紡ごうとすると、教室の前側のドアが勢いよく開かれた。
客の多いクラスだ。
切れ長の目、ショートカット、すっきりとした鼻。キレイ系の美人という奴だな。
「1年D組、小野和美です」
その小野和美さんがなんの用だろうか。
「小野さんは俺に用があったんだよね」
「ばか言え、俺をデートに誘いに来たんだろ」
色めき立つPクラス一同。申し訳ないけど、お前たちに言い寄ってくる女子なんていないと思う。
「小野和美さんね。また葵君に用があるの?」
そう尋ねたのは、このクラスの代表である三上だ。
「関わっていないとは言えないわね。単刀直入に言います。私たちDクラスは」
そこで小さく息を吸う。
「あなたたちPクラスに魔力戦線を申し込みます!!!」