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第6話 謎のプレッシャー

 「ふぁあああ、良く寝た」


 起床早々、窓を開けて小さく伸びをする。


 すがすがしい朝だ。まったく、昨日は散々な目にあった。ヘラクレスに殴られたのち、小一時間眠っていたようで、気が付いた時には白葉でさえ帰ってしまっていた。暴力ですべてを解決するなんて、今日の教師としてはあまりにも野蛮だ。


 奴に対する恨み節を脳内で3回唱えたのち、壊れた、正確にはうるさかったので壊した目覚まし時計を見る。その分針と秒針は、どちらも8のあたりを示した状態で止まっている。


 確か、朝のホームルームは8時30分からだったはずだ。今何時だろうと思い、充電していたスマートフォンを手に取る。ディスプレイには、8時54分と表示されている。一時間目は、8時50分から9時40分まで。ふむ、遅刻だな。


 入学式の次の日から遅刻とは、たるんでいるとヘラクレスに怒鳴られてしまいそうだ。幸運なことに、一時間目は奴の担当する授業ではない。どのタイミングで登校するのがベストだ。思考を巡らす。一時間目の途中から参加して、担当教師に頼み込んで見逃してもらうか? 学校から徒歩5分のアパートで暮らしているためそれも可能だ。


 いや、待てよ。そもそも、ショートホームルームがあるんだ。奴は、俺の遅刻を把握している。


 「なら、いつ行ってもいっしょだな」


 ポットでお湯を沸かし、トースターにパンを放り込む。


 優雅な朝食タイムとしゃれこみますか。


 


 一時間目終了のチャイムからしばらくして教室に入る。なにやら教室の一角に人だかりができている。

その中心にいるのは、昨日俺と闘った高橋敬吾だった。どうやら、昨日クラス変更の手続きが終了し、今日からこのクラスの一員となるようだ。ただの俺との口約束なのに律儀な奴だ。


 「なに暗い顔してるんだよ」


 「そうだぜ。元気出せよ。ナイスファイトだったぜ」


 昨日よりもこのクラスの雰囲気に慣れたのか、新しいクラスメイトに積極的に絡むPクラスの面々。意外だ。奴らが、人を気遣うやさしさを有しているとは意外だ。


 「しかし、見事な有言実行だったよなあ」


 「ああ、ほんとだよな。嘘はつかない、お前の騎士道は見事だったぜ」


 「「「本当に見事な公開処刑だった」」」


 「うわああああああ!!」


 ああ、安心する。やっぱり、Pクラスはこうでないとね。昨日の自身の情けなさを思い返したのか、頭を抱えて身もだえする高橋だが、そんな高橋にかまうことなく奴らは問いかける。


 「そういえば、お前Cクラスの女の子となかよくなったか?」


 「ああ?昨日入学式だぞ。そんなすぐ仲良くなれるかよ」


 その言葉を聞き、明らかにテンションが下がる一行。今のが本題だったのだろう。きっと、高橋にCクラス女子を紹介してもらうために近づいたに違いない。


 「ちっ、使えねえやつだ」


 「ほんとだぜ。優しくして損したわ。解散解散」


 見事な屑っぷりだ。世界中を探したって、このレベルはなかなかお目にかかれないだろう。


 あっけにとられる高橋の肩をとりあえずポンとたたく。


 「正直、悪かったと思ってる」


 こいつがこのクラスに来ることになったのも、俺の思い付きの提案があったからだ。まあ、うのみにして自分から申請したのがこいつなわけだが、そのきっかけを作ってしまったことについてくらいは謝罪しておいてやろう。


 「てめえ。理事長に呼ばれたって聞いたから、退学にされたと思ってたぜ」


 これは、皮肉というやつだろうか。一見、ひどいことを言っているように思えるが、その態度はどこかうれしそうにも感じられる


 「残念だったな。ただの遅刻だよ。てか、なんでそんなにうれしそうなんだ、気色悪い」


 「ばっ、そういうことじゃねえ!!てめえに勝ち逃げされたまま終わるのが嫌なだけだ。てめえは在学中に俺がぶっ飛ばすんだからよ」


 「へえへえ、そうですか。それより、ヘラクレスの奴、俺についてなんか言ってたか?」


 ヘラクレスという単語にピンとこなかったのか、高橋は首をかしげている。何言ってんだこいつ、と言いたげな表情はくそ生意気で、ぶん殴ってやりたくなるほどだ。


 「伊藤先生だよ」

 

 「ああ、お前の席を見て拳をゴキゴキ鳴らしていたな。次、あの人の授業だし、お前殺されるんじゃねえの?」


 どこに行くでもないが、脱兎のごとく駆け出す。逃げなきゃ。とりあえず、今からでも病欠ということにして、家に引きこもろう。


 ドアに手をかけた瞬間、向こうからも誰かが開けようとしていたのかガラガラと開かれる。

 

 そこに立つ人物を見て、嫌な汗が噴き出てくる。


 人間の体というにはあまりにも硬質で、立っているだけで他を圧倒できそうな雰囲気を放つ巨躯。そして、獲物を見据える鷹のようなその瞳は、見るものすべてを凍てつかせる。


 「……どこに行くつもりだ?」


 「いや、ちょっと体調不良でして。いけるかなーと思ってきてはみたんですけどですけど、やっぱりしんどくて」


 「それにしては元気だな。顔色もいいし、どたどたと足音が聞こえたが?」


 「我が家の治療法です」

 

 「そうか。なら、俺の治療法も教えてやろう。歯をくいしばれ」


 取り付く島もない。この人、何かにつけて俺を殴ってストレスを発散しているんじゃないだろうか。


 なんなら、本当の病欠でも家に乗り込んできそう。なんてひどい教師なんだ。


 「ひどい!!生徒のことを信用できないなんて、教師失格じゃないですか!!」


 「お前らのどこを信用したらいいんだ」


 あきれたという様子で構えた拳をひっこめるヘラクレス。


 確かに、この人の言うとおりだ。Pクラスの人間を信用することほど、馬鹿げたことはないな。


 そもそも、望んでこのクラスに来ている以上、色眼鏡で見られることに対して文句を言える立場ではないのだ。


 しかし、俺の場合は違う。そのあたりをどうやって説明するか考えていると、ヘラクレスはPクラス全員に聞こえるように言った。

 

 「お前たち。次の実践魔法学は演習場で行う。自己紹介がてら、自分がどんな魔法を使うか紹介してもらうつもりだ。遅れないように」


 演習場というのは、この学園で最も大きな施設だ。闘技場と並んでこの学園の顔とされていて、主に後々行われるであろうあることをするために使われている。


 使う魔法の紹介か。やっぱり、魔法の学園に入学した身としてはそういう授業に心が躍るものだ。みんなが一体どんな魔法を使うのか楽しみだ。



 「おはよう!」


 演習場に移動しようとしたところ、このクラスの圧倒的マドンナ、白葉凛に話しかけられる。PクラスのTシャツ一枚に下は何もはいていないという、相変わらず前衛的な格好だが、その美貌は今日も健在だ。


 「お前、昨日俺のこと放って帰っただろ」

 

 「仕方ないじゃん。どんだけゆすっても起きなかったんだから。ご飯は結局行ってないから安心しなよ」


 どうやら、ご飯を食べに行くという約束はお流れになったらしい。


 しかし、なんだろうな。昨日はあまり感じなかったが、この子と話し始めた途端に空気が重くなるというか、なんだかプレッシャーのようなものを感じる。


 何か放出しているのをだろうかと彼女を注意深く観察するも特に変わった様子はない。彼女は何が面白いのかはわからないが、そんな俺の様子をみてにぱっと笑う。


 その瞬間、先ほどとは比べ物にならないほどの、じっとしていたら押しつぶされそうなほどのプレッシャーに襲われる。


 彼女からではない。


 殺意のような、ひどく鋭い空気だ。


 あまり、ここに長居してはいけないと思い、速歩きでその場をあとにする。彼女もててっと可愛らしくついてくる。


 かわいい女の子に気に入られたら嬉しいはずなんだが、いい得ぬ不安が胸の中に渦巻いているのが分かる。その正体ははっきりとはしていないが、白葉と話す際は、周りにも気をつけなけらばならないと思わせるには十分であった。


 Pクラスから離れてもその不思議なプレッシャーはしばらく消えることはなかった。


 


 

 


 


 


 

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