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第4話 お前が泣くまで

 昼休み。Cクラスの高橋敬吾との決闘までの束の間の休息だ。


 「どうするの?」


 隣に座り、サンドイッチをほうばる白葉が心配そうな面持ちで、俺の顔を覗き込んでくる。


 「どうするって、やるしかないだろ」


 「どう考えても横暴だと思わない?戦って勝てなかったら、退学なんておかしいじゃん。私も一緒に理事長に抗議してあげようか?」


 今日初めて会った俺のために、そこまで考えてくれるなんて、感動ものだ。


 「そうだぞ。俺も行ってやってもいいぜ」


 「そうだね。僕もそんなことで、大事なこ……もとい、大事な友達を失うわけにはいかないよ」


 ひとつ前に座る田中と斜め前の三上も、白葉の意見に同意してくれる。三上が駒と言いかけたような気もするが、気のせいだろう。


 「いいよ。みんな心配してくれてありがとな。ようは勝ちゃあいい話だ。魔法騎士の学園に魔法が使えない俺がいるのがおかしいって言い分も間違ってはないからな。学園に残れる選択肢があるだけ救いだよ」


 そういって時計を見ると、13時10分を指し示している。そろそろ行きますかね。


 「行ってくるわ。超アウェーだと思うから、お前らだけでも応援しといてくれ」


 「うん。がんばってね。超応援してる。勝って一緒に高校生活楽しもうね」


 白葉が満面の笑顔でうれしいことを言ってくれる。その笑顔のためならいつもの百倍は頑張れる気がする。


 俺は少し格好つけて、3人に背を向けたままグットのサインを送る。今日会ったばかりなのに、3人も応援してくれる仲間がいる。それが何よりも心強い。もう一つも迷いはない。高橋敬吾をぶっ飛ばせばいいだけの話なのだ。


 よし!やってやるか!



 ーーーーーーーーーーーーーーーー


 ところ変わって闘技場。目の前の高橋は満足げに鼻を鳴らしている。


 「よう、逃げずに来たな。その度胸だけは褒めてやってもいいぜ」


 「まだ始まってもないのに、よくそんな自信満々でいられるよな。その能天気さがうらやましいよ」


 「はっ、生意気な奴だ。当然だろ。お前が俺に勝てる道理がないんだからな」


 御託を並べる高橋を無視して、闘技場を見渡す。舞台だけでも直径100mはゆうにありそうな円状の建物だ。その壮大な建物の中心に立っているだけで、英雄になったような気分にさせられる。


 正道学園には、語学や数学の授業を行う通常の校舎のほかにも、こういった特殊な建物が配置されている。すべてを含んだ総敷地面積も相当なものだったような気がする。


 「なによそ見してんだよ。てめえの立場が分かってんのか?」


 がちゃがちゃと喚く坊主頭の男を見て思う。壮大な建物の中、全校生徒に加え教師陣に囲まれてピリついた空気が、逆に自分のことを冷静にさせていた。


 こいつ、なんも失うもんなくね?


 おかしい。俺は退学がかかっているというのに、こいつは何も賭けないのか? それこそ騎士道精神に反するものではないのか。


 そう思ったときにはすでに口が開いていた。


 「なあひとついいか?」


 「ああ?」


 「お前は負けた時、どうするんだ?」


 高橋は理解不能だという表情で、こちらをにらむ。


 「何言ってんだ。俺は、学園側から指名されただけだぜ。どうなるもくそもないだろ」


 どういう基準で選ばれたかは知らないが、勝った時の拍手喝采欲しさで、嬉々としてその使命を受け入れたに違いない。


 「使命を受け入れたのは事実だろ。名声目当てでのうのうと出てきたんだ。何かを失う覚悟がないなんて、それこそ魔法()()を養成する学園にいる生徒としてどうなんだ?」


 騎士の部分を強調して、先ほどの教室でやられたことをやり返してみる。


 すると、眉根をピクリと動かし、明らかにイラついている様子がうかがえた。


 「お前、もし俺に負けたら、Pクラスに来い。俺に負けるような奴が普通のクラスで楽しく学校生活を送ろうなんて虫がよすぎる」


 高橋はおそらくプライドが高い。退学とまではいかないものの、Pクラス行きは奴にとって、これほどまでにない屈辱だろう。


 「なんで俺がそこまで」


 こいつの誘いなど乗ってやるか、そう思っているのだろう。


 ただ、騎士道精神をやり玉に挙げられた時点で、シーソーは傾きかけている。それならこう言えばどうかな。


 「自信がないのか?」


 俺はとても悪い顔をしているだろう。今の一言で明らかに何かがプッツンといったであろう高橋が眉間に青筋をたてて詰め寄ってくる。


 「いいだろう。お前の挑発にのってやるよ。俺がお前に負ける道理なんてどこにもねえんだからよ」


 釣れた。


 まさかこんな安い挑発に乗ってくれるとは思わなかった。にまにましながら、高橋の顔を見つめていると、この決闘の審判を務めるのであろう眼鏡をかけた細い男性教師が歩ゆみ寄ってきた。


 その両手には、ハートの形をした青く綺麗な石が一つずつ掴まれている。


 「私はこの決闘の審判を担当する、仁科です。君たちにこちらの生命石を渡しますので、身につけてください」


 生命石、そう呼ばれる青いハート型の石は、生徒同士が武を競い合う際にライフポイントとして扱われるものだ。


 どう言う原理かは知らないが、身につけたもののダメージを引き受けるらしい。ダメージを受けるにつれその色は青から赤へ、赤から黒へと変化し、その輝きを失ったのち壊れる。


 仁科先生が、お互いにその石を渡そうとするも、高橋の手がそれを制する。


 「先生、ルールを変更させてください」


 「ルール変更?どういうことですか?」


 何を言い出すんだ、この坊主は。仁科先生も困っているじゃないか。


 「本来ならその生命石を使うのが基本ですが、そのルールじゃ俺の気がおさまらないです」


 「それではどういったルールで?」


 「どちらかが泣いて謝るまで、これでお願いします」


 極悪非道なルールだ。決闘に敗北した上に、全校生徒に泣き顔を晒されると言うのか。よくもまあ、そんなことをおもいつくもんだ。この悪魔め。


 「ええっと、学園側としましては、生徒が傷つくようなことはあまり」


 「いいんですよ。こいつは生徒じゃなくなるんですから。それで、どうなんだお前は?」


 暴論を展開したのち、最終的な決定権を俺に委ねる。そんなこと言われてもなぁ。そんなこと……。


 「いいぞ」


 いいに決まっている。この坊主頭のことは少々懲らしめてやりたいと思っていたところだ。


 「えぇ。……わかりました。今回は特別にそのルールを採用しましょう。それでは2人とも準備はいいですか?」


 「「はい」」


 2人の返事を聞いたのち、メガネ教師は右手をばっとあげて、よーいの体制を取った。


 「ただいまより、Cクラス高橋敬吾とPクラス葵比呂の決闘を行います! ルールは両名の希望により、生命石の破壊からどちらかが泣いて謝るまで、を適用させていただきます!」


 緊張が走る。高橋は右手を前に突き出し、戦闘態勢に移っている。


 「それでは、はじめ!!」


 仁科先生のコールとほぼ同時に、詰め寄ってくる高橋。さてと、こいつはどういった魔法を使うのか。


 小細工なしに叩き込まれる右手を、最小限の動きで回避する。右、左と芸もなく放たれる拳にはこれといって不自然な点は見当たらない。


 というかこいつ、このなりとこの気の小ささで喧嘩なれしてないのかよ。


 「ちょこまかと動きやがって!」


 そういって繰り出される右の拳もかわす。

 

 もういいかと思い、こちらも反撃しようとすると、不意ににぃっと口角を上げる高橋の顔が目に入る。


 「終わりだ!」


 打ち切られた右の拳が鉄球のように巨大化している。


 「おらぁ!!」


 そんな掛け声とともに薙ぎ払われる拳を、避けることなく受け止める。


 「ちっ、勢いが足りなかったか」


 舌打ちをしながら、距離を取り、手を天に掲げる高橋。すると、掲げた右腕がみるみるうちに大きくなり、二階建ての家くらいの大きさになった。

 

 「でかっ!」


 「呑気に驚いてる場合かよ。お前はこの拳に潰されて死ぬんだぜ」


 高橋は巨大な右手をグッと握りしめてそう言った。


 いや殺しちゃあいかんでしょ。


 「じゃあな! 魔力のない自分を恨むことだ!」


 激しい粉砕音がしたのち、俺が立っている場所を中心に、地面に亀裂が入っていく。


 うおお!!っと大きな歓声がするのを聞くに、勝負がついたと勘違いしているようだ。


 なんだよ。こんなもんなのか。


 「なあ、これで終わりなのか?」


 「なっ」


 左腕ひとつで、巨大な拳を受け止め、そう尋ねる俺をみて、高橋の表情が強張る。


 「なんで!なにをしやがったてめぇ!卑怯な手でも、うわっ!」


 その言葉を最後まで聞くことなく、巨大な右腕を払い除ける。予想外のことだったのかその重量に逆らえず、体制を崩す姿が目に映る。


 すかさず、地面をけって詰め寄る。


 「なっ!!」


 一瞬のうちに距離を詰められることに焦り、防御の姿勢をとろうとするものの、それよりも早く腹を蹴り抜く。


 高橋の体は10メートルほど吹き飛んだ後、地面と摩擦し制止する。


 「があ」


 そう小さく呻いた後、高橋の体は腹を抱え、丸まった状態で動かなくなる。


 おいおい、大丈夫か? やりすぎたかもな。


 「おい。大丈夫か?」


 「あ、当たり前だ」


 安否を確認すると、小さく返事が返ってきたので安心する。よかった、気を失ったわけじゃなかったか。

 

 「ほれ」


 そばにしゃがみ込み手を差し伸べると、恨めしそうな顔をしてにらみを利かせてくる。


 「なんだそれは、同情のつもりか?まだ終わってねえぞ」


 威勢がよろしくてなによりだが、それなら自分で立ち上がってほしいものだ。しばらく待ってみても、起き上がりそうになかったので、肩をつかみ、半ば強制的に高橋を立ち上がらせる。


 「騎士道でも重んじてるつもりか。なめた真似してくれやがって」


 こいつ、何を的外れなことを言っているんだろう。真実を伝えてやることにしようか。


 「あのな。そんなことで気絶されてたら、泣いて謝るまで殴れないだろ」


 「はっ?いやちょちょっとまて」


 ゴキゴキと拳を鳴らしながら見下ろすと、高橋は蛇ににらまれた蛙のように縮こまる。


 「ひいふうみい 何回耐えられるかな」


 「あっ、えーと」


 目の前の男に先ほどまでの威勢はない。どうやら自分が食われる側にまわったことを本能的に理解したらしい。その様子が面白かったので、一度シャドーをしてみる。すさまじい音を立てて空を切る拳をみて、高橋の瞳の奥からかすかに涙があふれてきているのが分かった。


 「俺は手加減が苦手だから、もしかしたら殺してしまうかもしれない。どうする?」

 

 「あ、ごっごめんなさいいいいいいいいいいいい!!!」


 うむ、潔い。


 その魂の叫びを聞いたのち、審判である仁科先生に視線を送る。


 「だってさ」


 あっけにとられた様子であった先生は、慌てて姿勢を正し、高らかに宣言した。


 「しょっ勝者Pクラス、葵比呂!!」


 ざわざわと観客席から聞こえてくる。観客のほとんどが、高橋の勝利を疑っていなかったようだ。


 ざわつく観客席を見渡すと、学園のホームページでみたことのある人物が、嫌な笑顔を浮かべているのが目に入る。


 なるほど、今回は序の口ってわけか。ますます気を引き締めないといけないみたいだな。


 これから身に降りかかる面倒ごとについて考えたくもなかったので、そのお偉いさんを一瞥し、闘技場を後にする。


 ーーーーーお偉いさん sideーーーーーーーー


 「あのガキ、あたしににらみを利かせやがったよ」


 「ええ、生意気であることは間違いないですね」


 「一度あたしのもとに連れてきな」


 「わかりました。すぐに連れてきます」


 そういって部屋を立ち去る若い女教師を見送り、窓の外に視線を落とす。


 「思った以上に面白そうなガキだね」


 誰に聞かれるでもなく、そうつぶやく。


 面白いおもちゃが入学してきた。少しは退屈しのぎになりそうだね。


 確信といってもいい予感に、柄にもなく胸を躍らせる老婆の姿がそこにはあった。

 


 


 

 



 


 


 

 


 

 

 


 


 

 


 


 


 

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