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第1話 邂逅

 「入学式にそんなびちゃびちゃな格好で現れたのは、君が初めてだよ、葵比呂あおいひろ君」


 「そうでしょうね。俺もこんな浮かない気分で、入学式を迎えるのは初めてです」


 「……何があった?」


 そう尋ねる綺麗な女性は、この学校の教師であるらしい。年は30を超えるか超えないかというあたりだろうか。


 「いや、川で溺れたくそがきを助けようとしただけですよ。こっちは善意で飛び込んだっつうのに、そのくそがき、なんて言ったと思います? 僕、ママを驚かせようとしただけなんだけど、ですって。たとえそうだとしても、こっちに一言詫びを入れるのが、礼儀ってもんじゃないんですかね。どんな教育受けてんですかって話ですよ」


 もはや取り繕うこともなく、降り積もった憎悪を吐き出す。


 「仮にも騎士になろうとしている身分で、子供をくそがき呼ばわりする君もなかなかだと思うがね」


 「ここで、俺に共感できないなんて……。これが残念美人か。先生恋人います?」


 「なっ、何で君は私に恋人がいないことを知ってるんだ!」


 目に見えて狼狽える美人教師。

 いや、恋人いるかどうか聞いただけなんですけども。というか、多少残念な部分があるといえ、こんな美人に恋人ができないとは、なんというか世知辛い世の中だ。


 「そうだろう! 君もそう思うだろ!? 私、ツラはいいと思うんだけどなぁ。私に恋人ができないなんて、それこそ、政府の目論見とかそういった類に違いない」


 その思考を、人は逃げという。

 よっぽどの欠陥を抱えていなければそうはならないのだと、大人であるならば気付いて欲しいところだ。


 「失礼だな君は」 


 そう言われて気付く。

 ふむ、今のは確かに失礼だったかも知れない。恋愛が苦手な人は一定数いるものだ。かくいう俺も、あまり得意ではなかったりする。……ん?


 「へ? さっきもそうですけど、何も言ってないっすよ、俺」


 「私は人の心を読む魔法を使う。君が、私に欲情していることも全て筒抜けというわけだ」


 うぜぇ。というか、美人な上にそんな魔法が使えて、恋人がいないというのは、恋愛が下手で済ましていいレベルではないような気がする。

 やはり、俺の読み通り、何か触れてはいけないほどの重大な欠陥を抱えているんだ。ショベルがついていないショベルカーくらいの欠陥を。


 「本当に失礼だな、君は。普段は、オフにしているよ。君が相当な問題を抱えた生徒だと、一目見てわかったから、オンにしたんだ」


 キッとした表情で睨みつけてくる女教師。整った顔であるためか、普通の人に睨まれるよりも幾分か怖い。


 「さっ、さっさと済ませちゃいましょうよ! あとがつっかえてもいけないでしょう!」


 この教師の前に長くいると、どんどん墓穴を掘りそうだ。


 「うまく逃げられたような気がするが、確かにそうだな。よしっ、腕を出しなさい」


 言われた通り、制服をまくりあげ、教師の前に腕を差し出す。

 これから、なにが始まるのかというと、入学式恒例の魔力検査だ。人間の場合、魔力というものは血液に宿るものとされている。血液を採取することで、生徒の魔力の高さを調べてクラス分けをするのだ。特に魔力の高いものたちが集まるSクラスは、即戦力で、すぐに社会に出ても通用するレベルだと言われている。


 ここは、魔法騎士を養成する学園 【正道学園】


 魔法が蔓延した世界では、魔法を用いて犯罪を行う者、魔獣とよばれる魔力によって暴走した動物、不具合により暴走した魔法道具などがしばしば見られる。

 これらを取り締まる役職である魔法騎士を育成しているのが、この学園である。


 入試の内容は至ってシンプルなもので、学園側が用意した仮想魔獣を討伐するという内容だ。そのタイムが早い順に合格していくというシステムになっている。


 普通科高校のような、国語や数学といった筆記テストは一切無し。その入試のシステムが、俺にとって、とても素晴らしいものであった。


 なぜなら俺は勉強ができない。模試の際、試しに偏差値の高い高校を志望校として提出したら、何々判定とかではなく、舐めるなと書かれていたことがあるほどだ。まあ、実際のところ、俺が勉強ができないのではなく、周りのレベルが高すぎるのだと思うが。


 「よしっ、採血できたぞ。君は、何クラスになるかな」


 あほなことを考えているうちに、血液の採取が終わったらしい。美人教師は、採取した血液を試験管に移したのち、いかにも高そうな機械に放り込んだ。

 

 ピピピッと短く音がした後、モニターに数字が映し出される。

 どんなもんかなと、美人教師の顔をみると、想像通りのリアクションをとっていた。


 「……」


 絶句。鳩が豆鉄砲を喰らったようなというのは、こういう顔のことを言うんだなとしみじみ思いながら、再度モニターの数字を見る。まあ、無理もない。

 

 モニターに映し出された数字は0。このご時世、犬から放たれたうんこにさえ、魔力が含まれているのだ。大なり小なりはあるとはいえ、生物であれば魔力を有している。俺の存在は、ある意味、ネッシーやツチノコのような伝説上のものであると言っていいほどに珍しいのだ。


 「ああ、ええと。なんだろうな。君、Pクラス志望か?」


 「はい?」


 「なんだ知らないのか。監獄《 prison 》の頭文字を取ってPクラスとされているクラスがある。血中の魔力というものは、ある程度操作できるものでな、入試のタイムは早いのに、ここで、魔力をわざと低く検出させる連中がしばしば現れるんだ。正直、クラス分けなんて入試のタイムでほとんど済ませてあるんだよ。この魔力検査は、奴らを炙り出すために行われていると言ってもいい」


 「いや、Pクラスの存在は知っています。とんでもない輩が集うクラスでしょう? そんなクラスに行きたいわけないじゃないですか」


 「いや、ではなぜ魔力を操作した? 君は、入試でもかなりの成績を残している。このタイムなら、Aクラスはかたいと思っていたんだが。魔力0なんて数字は見たことがない。魔力の操作が上手いことを自慢でもしようとしたのか?」


 「いえ、俺は正真正銘、魔力0人間ですよ」


 「……」


 流石に2度目となると、少々いらっとくるな。俺は脳内で、その美人教師にむかって、とっておきの魔法の言葉を念じた。


 起きろ!! この売れ残りが!!


 ギュンと音でもしたかのように、定位置に戻る黒目。その瞳からは薄らと涙が溢れている。急に父親に仕事が入ってしまって、楽しみにしていた遊園地に行けなくなった子供のような、悲しみと怒りを秘めた表情がそこにはあった。


 「売れ残りって言うな!!! あーもう、決めた!! 君、Pクラス決定!! 誰が何と言おうとPクラス!! 魔力検査なんて関係ないね!!」


 ガバッと、白い布が投げつけられる。それは、左胸のあたりにPの刺繍が施されたTシャツであった。Pクラスの人間は、さながら囚人服のように、このTシャツを身につけることとなっている。他のクラスとPクラスの生徒を一目で見分けるためにそうしているのだそうだ。


 まったく、子供っぽい人だ。とりあえず、一礼し、その場を後にする。まだ睨まれているような気がするが、気にしても仕方がない。しかし、冷静になって考えると、とんでもない人だった。ネックレスやブレスレットなど真珠で身を固めた姿は、悲壮感を漂わせている。前世は貝類か何かだったのかな。ぷっ。


 「貴様ぁぁあああ――!!!」


 後ろから、けたたましい怒号が聞こえるが気にしない。過ぎたることは忘れる。都合が悪いことは3歩進めばすぐに忘れる、鳥のような父親から受けた、英才教育の賜だ。


 しかしPクラスか。できることなら避けたかった。監獄とよばれていることからわかるように、学園の爪弾きものが集うクラスだ。

 学校側が奴らをひとまとめにするのには理由がある。それは、奴らの持つ影響力にほかならない。どこぞの海賊王の放った一言のように絶大な影響力を持って、瞬く間に他人を奴らの色に染め上げるのだとか。

 

 実際に社会に出て活躍する有能な人材の中にも、Pクラス出身は多く、学園を追放することも難しいというのもタチの悪いところだ。


 ……まあ、考えても仕方ないか。なってしまったものはしょうがない。噂というのは、大抵、少し大袈裟に語られるものだ。Pクラスといえど、所詮は同じ高校生、これから始まる高校生活に胸を馳せようではないか。

 

 やっぱり、まずは近くの席に座る人と仲良くなるもんだよな。どこかぎこちない、嬉し恥ずかしの初対面が待っているんだ。 


 Pと記載された看板が見えて来る。ばしっと頬を叩き、気合を入れる。ドアの前にたち、深呼吸を一つ。ためらうことなどなく、元気いっぱいドアを開け放つ。


 「やあ! 同志よ! この出会いは運命だ!!」


 さわやかな笑顔で、そういう男性は上半身裸で立っていた。ドアは開けたら閉めるもの。自身の体が1ミリも動いていないことなど、些細な問題だろう。

 こんなに難解な初対面は初めてだ。俺の理想の入学式は、第一段階から音を立てて崩れはじめた。


 いや、しかし、結論を急ぐのはよくない。あれは彼なりの、友人を作るための勇気から来る行動なのかも知れない。もう一度、もう一度だけ。怖いもの見たさのような気持ちも入り混じりつつ、再びドアを開ける。


 「やあ! 同志! どこ行ってたんだよ!」

 

 奴は、先程と同様に、屈託の無い爽やかな笑顔をむけて、立っていた。


 ――パンツ一丁で


 まるで、突然骨が抜かれたかのように、膝から崩れ落ちる。だめだ。もはや、勘違いのしようがない。

 

 4月7日、入学式。春の日差しが差し込む、麗かな教室で、俺は、変態と出会った。


 


 

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