第10話 魔力戦線当日、朝
いよいよ、開戦の日。
校門をくぐろうとしたあたりで、誰かに肩をたたかれる。
「おはよー!今日は頑張ろうね」
なんだ白葉か。昨日のくだらない会議を思い出す。俺がPクラスからきつい仕打ちを受けていたのは、もとをたどればこの子と仲良くしていたせいであった。
ただそんなことはどうでもいい。たとえ奴ら全員に嫌われたとしても、この子と仲良くできるのならまったくもって問題がない。そう思えるくらいに、彼女は魅力的だ。
「おはよう。そんなに張り切らなくても大丈夫だと思うぞ。パンツのためとは言え、あいつら皆本気だからな」
奴らの実力に関しては疑いようがない。今回、魔力戦線で相手をするのは、Dクラスだ。俺が叩き落してやった元Cクラスの高橋ですら、俺が苦戦せずに勝てる程度だった。
先の実践魔法学で見せた彼らの実力なら、Dクラスに手間取ることはないんじゃないだろうか。といっても油断せずにかかるに越したことはないか。
「実力もそうだけど、地形、戦略、連携も重要なんだよ。みんなが頑張らなきゃいけないの」
ぷくと片方の頬を膨らませる白葉。何それ、あざと可愛いんですけど。その頬を突っついてやろうと人差し指を構えたあたりで、背後から殺気を感じた。
「何奴!!?」
さっと後ろを向くと、殺気の主は隠れることなく立っている。般若の形相をしたPクラスの馬鹿どもだ。小島、井上、今井の三人か。くそ、流石に分が悪いか?
正面から立ち向かうという選択肢はなるべく選びたくない。正直奴らのことは亡き者にしたいが、この後は魔力戦線が控えている。無駄に戦力を減らすことは避けたい。となると。
「すまん、白葉。また後でな」
いうや否や、全速力で駆け出す。ここは逃げの一手だ。
「「「美少女と戯れる悪いごはいねえがああ?」」」
形を成した恐怖が追ってきているのが確認できる。だが速力で俺が負けるはずがない。正面玄関より校舎内に入り、靴を履き替えることもなく廊下内を縦横無尽に駆け巡る。
ものの数分走ったあたりで後ろを振り返る。奴らの姿は見当たらない。
「ちっ、見失ったか!!逃げ足の速い奴だ!!」
遠くで、そんな声が聞こえる。よし、まいたな。
全く油断も隙もありゃしない。あれだな。あいつらめちゃくちゃ面倒くさいな。さっきは合理的に判断を下したが、たかだか三人減ったところで、試合の勝敗に大きな影響を与えるだろうか。もういっそのことあいつら闇に葬るか?
「息をするように問題を起こそうとするな、君は」
考え込んでいるところ声をかけられる。誰だ、せっかく暗殺計画を立てようとしているのに。仕方なく声の主を見るとあまり会いたいとは思えない人だった。
「げっ」
「げとはなんだげ、相も変わらずくそ生意気だな」
美人独身教師の上原先生だ。美人かつ人の心が読める魔法が使えるという、チート級のスペックを持っているにも関わらず、恋人ができないらしい。
「いや、あんたのせいで伊藤先生に目をつけられているので」
「私がお願いしなくたって、君はいずれ目をつけられてたよ」
そんな事実はない。認めない。大体、俺のことを問題児として見ていることが論外だ。そもそも、Pクラスになったのはこの人の私怨によるものなのだから。
こんなにまじめで誠実な優等生の俺を恨むなんて、まともじゃない。
「その無駄な自信はどこからわいてくるんだ」
「事実ですから」
「まあいい」
なぜ、あきらめたような目でこちらを見つめてくるんだ。というかなんでこの人声かけてきたんだ。
「かー、可愛くない。せっかく激励してやろうと思ったのに」
はて、激励とな?
「俺のこと、殺したいほど憎かったんじゃないんですか?」
「馬鹿だな君は。あれは言葉のあやだよ。かわいい子には旅をさせよというだろう」
俺はいつ、この人にとってかわいい子になったんだろうか。
「君の危うさは見ていて面白い」
おもちゃ、そういうことだろうか。なぜだろう。理事長といい三上といい、皆して俺をおもちゃにして遊んでいるようにしか思えないんだよな。
「どんな解釈をしてくれてもかまわないよ。君がここでどうなっていくか、見てみたいと思っているだけだ。だから、負けるなよ」
そういって、ズボンのポケットに手を突っ込んで去っていく上原先生の姿は、なぜか様になっていて素直にかっこいいと思えた。
「いたぞ!!囲め!!」
本当に空気が読めないな、こいつらは。もう逃げ場もないので、覚悟を決めるとしようか。
「かかってこいや!!!亡き者にしてやる!!」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「何がどうなったらそうなるの?」
気を失った三人の首根っこをつかんで教室に入ると、三上にそう問われる。
「成り行きだ」
3つのごみを床に投げ捨てながら答えると、珍しく三上が顔をしかめた。
「自分で、自分を不利にしてどうするんだよ」
周りから見れば、三上の言い分が正しいように思えるが、実際は違う。こいつらを自由にさせて、魔力戦線中に、寝首でもかかれるようなことがあるほうがよっぽど厄介だ。俺は正しい判断を下したといっていい。
それに死んじゃいない。じきに目覚めるだろ。
「開戦するときまでにたたき起こしとくよ」
「そうしてくれると助かるよ。魔力戦線はあらゆる状況が起こりうるからね。その3人のうちの誰が必要となってもおかしくない」
確かにそうだ。数十人対数十人の戦いだから、当然有利不利は生まれるだろう。魔法の種類が多いほうがいいという言い分もわかる。
「終わった後ならいくらでも相手になるから、試合中に俺に襲い掛からないように釘を刺しておいてくれよ」
「了解」
グッと親指を立てているが、どうにも信用ならない。
うだうだと話をしていたら、キーンコーンカーンコーンとチャイムが鳴った。
そのチャイムとほぼ同時に、ヘラクレスが教室に入ってくる。それを確認して、皆が席に着く。
教壇に立ち、そのまま皆がいることを確認する。入口付近で、伸びて地面に転がっている3人について言及しないあたり、なかなかの猛者だ。
「今日の一限から魔力戦線となるから、演習場に集合しろ。もともとの授業は、実践魔法学の時間に振り替えられるので、そのつもりでいるように」
淡々と連絡事項を告げてその場を後にするヘラクレス。なんともドライな奴だ。俺に対して何か一言でもないのだろうか。
「よし!皆、演習場に行こうか」
そんな三上の掛け声に、皆が席を立ち、ゾロゾロと教室を出ていく。
「頑張ろうね!!」
白葉が、こちらに拳を差し出してきたので、同様に拳を差し出してこつんとぶつける。
よし、気合が入った。
いよいよだな。勇み足で教室を出ようとすると、何かを踏んだような感触に見舞われる。
そうだった。その前にこいつらを起こさなきゃな。