第9話 パンツ
あまりに衝撃的で理解できなかったので、三上の言葉を脳内で反芻する。
パンツパンツパンツパンツパンツパンツパンツパンツパンツパンツ。
ふむ、パンツか。狂喜乱舞するPクラスの面々を見るに、さぞかしいいものであるのだろう。
パンツ、パンツね。あれ、パンツってなんだっけ?
そう思い携帯電話を取り出す。パンツという単語を検索すると
パンツ:① ズボン
② 下半身にはく短い肌着
とある。
今言われているパンツと言うのは②に該当するものだろう。
安いものでは、三枚セットで数百円の値段で取引されているものもあるのだとか。
それだけ聞くと、とても価値のある物には思えない。そんなもののために、今教室内がお祭り騒ぎになっているんだろうか。
「昇格という報酬があるのなら、きっとBクラスくらいまでは、僕たちに挑んできてくれるはずだ。それがどういうことか、君たちにわかるかい?」
わからない。正式に言うと、三上の言うことを理解したくない。あいつはきっと超ド級のあほだ。
「各クラスのかわいい子のパンツをこの教室に飾れるということだ!!!!」
「「「うおおおおおおおおお!!!」」」
力強い宣言に、教室中がわく。テンションフルボルテージ。奴らの脳内も沸いてるイェイ。
いかんいかん。あまりにもバカバカしい空気だったもんで、つい飲まれてしまった。
冷静になれ。ツッコミどころはたくさんある。ツッコミどころしかない。そうだな、でもとりあえず。
「待て!!」
このバカ騒ぎを止めなきゃならない。案の定、馬鹿どもから水を差すなという顔を向けられるが気にしない。なぜなら、俺のほうが怒っているからだ。
だって、だってよ。
「俺の退学とパンツの獲得を並列に並べんじゃねえ!!」
怒りの表情から一変、何を馬鹿なことを言っているんだという表情を向けられるがめげない。なぜなら、奴らのほうが馬鹿なことを言っているからだ。
「だってそうだろ!!パンツと人間だぞ?重みが違うだろ。精神的にも物理的にも」
「「「そうだな」」」
なんだよ、話せばわかってくれるのかよ。取り乱して損した。
「「「パンツのほうが重い」」」
もういや。今すぐにでも教室を飛び出して走り回りたい気分だ。そういえば、こいつらの中の俺の評価ってめちゃくちゃ低かったっけ。
体操座りの格好でいじけていると、馬鹿どもの親玉、三上優が近づいてくる。
「まあいいじゃないか。君もこのクラスの一員として認められるんだ」
表面上は慰めてくれているように見えるが、実際はそうではない。笑いをこらえきれない、そういった表情をしているからだ。こいつ、俺を馬鹿にして楽しんでやがるな。
「そうだぜ。お前はもう立派な俺たちの仲間なんだ」
「見直したぜ!!」
「お前はやるときはやるやつだと思ってたぜ」
手首がねじ切れんばかりの勢いで手のひらを返してくる連中。俺だって、パンツを得るための餌という役割でなければ、手放しで喜んでいたことだろう。
「君たち、彼のことは親しみを込めてこう呼ばないか」
三上は、俺たちから顔をそらしてそういう。笑ってやがる。だって、声が震えてるもん。
「パンツ引換券と」
「「「うおおおおおおおおお!!!」」」
パンツ引換券、パンツ引換券と連呼しながら、俺を胴上げするPクラスの面々。世界で一番馬鹿らしい宗教団体が完成しまった。
こんな団体を作り上げた張本人である三上は、腹を抱えて転げまわっている。
うん、あいつだけは殺そう。
たぶんこの場合は正当防衛が適用されるだろう。俺の名誉を守るために仕方のないことなのだから。
笑い転げて満足したのか、つやつやの顔で立ち上がった三上が静粛にと釘をさす。
「僕たちの方向性は決まった。まずは彼女から下着をはぎ取らせてもらうとしよう」
今のセリフだけ聞いたら、お巡りさんがダッシュで駆け寄ってきそうだ。この状況を見たら1人では手に負えないと引き返しそうではあるが。
「僕たちは、Dクラス代表、小野和美のパンティーを獲りにいく!!!」
「よっしゃー!!!」
「待ってろよー。小野さんの目の前で、あの子のパンティーを頭にかぶってやるぜー!!」
「クンカクンカしてあげるからね!待ってて!!」
動物園に行ったってこんなに面白いチンパンジーの集団はお目にかかれない。
しかし、このクラスのことを監獄と名付けた教師たちはすごいなと感心してしまう。うまいこと言ったものだ。どうみたってシャバでお目にかかれる風景ではない。というか、本当の監獄よりひどいだろ、ここ。
あまりにひどすぎて、本来憎むべき相手のはずだった小野のことがかわいそうになってきた。
それにしてもあれだな、自分よりもおかしい人間を見ると冷静になれるというのは本当だったんだ。もうなんかどうでもよくなってきた。
飲み物を抱えて教室に戻ってきた白葉が、項垂れた俺と異様に熱気を放つ馬鹿どもを見て目を点にしているのが可愛い、そう思った。
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帰りのホームルームが終わった後、俺たちはDクラスにいた。
「もういいのかしら?」
蠱惑的な表情でそう尋ねる小野。その隣は無口そうな男性が1人立っている。
「そうだね。まずは時間をくれたこと、ありがとう」
律儀に礼をする三上だが、その裏ではこれから彼女のパンツを剥ぎ取ろうとしているのだから、人間というものは怖いと改めて感じさせる。
「いいわよ。私たちも鬼じゃないのよ。友人との別れを惜しんだりする時間くらいなら全然構わないわ」
何を勘違いしているんだろうか。奴らがそんなことをするはずがない。実際に行われていた気持ちの悪いお祭りの映像を見せてやりたいぐらいだ。
「はははっ。随分となめられたものだね」
あんな奴らしかいないんだから、当然と言えば当然だ。
「当たり前よ。舐められたくなかったら、もっと真面目に生きることね」
ごもっともでございます。でも、舐め過ぎはよくないよ、お嬢さん。
これは、実際に魔法を使うPクラスの連中を見ている俺だからこそ思えることかもしれないが、奴らはやはり優秀なのだ。
「俺たちは勝つつもりだ。まあ、俺の場合負けるわけにはいかないが正解だな」
「舐めてるのはどっちよ。あなたの退学を要求したときに彼らが見せたどうでもよさそうな顔をみたら、団結なんてできないことは明白だったわよ」
あいつらの態度を見ていたというなら、その感想を抱くのもおかしくはない。ただ、奴らの馬鹿さ加減を見誤っている。
「団結できる目的ができたから、僕たちは君の目の前にいるんだよ」
まさかその目的がパンツとは思うまい。
「ふーん、あの人たちが団結できるような目的があるとは思えないけど」
自分たちの勝利を疑っていないようで、彼女は俺たちの目的について、まるで興味を示さない。示したら示したでがっかりすると思うから、結果から言うとその対応は正しいともいえるが。
「それで、何が目的なの?」
長話をしても埒があかないと思ったのか、小野が結論を急ぐ。
「そうだね。僕たちが求めるのはDクラス代表、小野さんのパンツだ」
本人を目の前にして、よく恥ずかしげもなく言えるものだ。俺だったら、そのあと自殺するくらいの気持ちでなければ言えない。
「は?」
その感想になるのが普通だよな。あまりに自分のクラスが酷すぎて、この学園全体がおかしいんじゃないかと疑問を抱いていたが安心した。
外に出ればまともな人もいるんだ。
「ちょっと待ってね」
そう言って、小野は隣にいる男にごしょごしょと話し始める。なんだこいつら、付き合ってんのか?
小野の言葉を聞き、その男も小野に囁き返す。それを聞いた後、彼女はこちらに向き直った。
「いいわよ」
いいんかい!でもまあ、自分のパンツ一枚くらいならいいか。俺だって理事長にボクサーパンツをあげて、Pクラスから別のクラスにいけるなら喜んで差し出すしな。
「いい返事が聞けてよかったよ」
「ええ、それじゃあ。明日の1限からでいいかしら」
「かまわないよ。お手柔らかに」
もう少し揉めると思ったが、意外なほどあっさりと話し合いが終わってしまった。
「先生たちには私たちから伝えておくわ。葵くん、明日は最後になる学園生活楽しんでね」
手をひらひらさせながらDクラスを後にする2人。
あー、燃えてきた。ああいう挑発は結構効くんだよ。
明日、俺たちに喧嘩を売ったこと、後悔させてやらぁ。