プロローグ
ここは素敵な魔法の世界。
花は踊り、鳥たちの囀りは上質なオルゴールのように響き渡る。絨毯や車といったあらゆるものが宙に浮かぶ様は、さながら、映画のワンシーンのようだ。
「うわー! ママ、助けて!」
おっと、これは大変だ。可愛いお子様が川で溺れていらっしゃる。
「お兄ちゃんが助けちゃうぞ!」
抱えていたカバンを放り投げて、一目散に駆け出す。土手を駆け降りると、一切の躊躇いなく川へと飛び込む。この思い切りのよさこそ、この僕の最大の美点と言えるだろう。
予想以上に浅い川であったため、川底で体を痛打したが関係あるまい。可愛いお子様が、今にも泣き出しそうに助けを求めているのだ。
「ぷはっ。……あれ?」
水面から顔を出し、先刻、子供が溺れていたあたりを見やるが、その姿はすでになかった。
「……おにいちゃん、なにやってんの?」
戸惑いを含んだような、どこか呆れたような、そんな声が上方から聞こえる。
「僕、ママを驚かせようとしただけなんだけど」
声の出所を見やると、先程まで川で溺れていたであろうお子様が、浮遊していた。飛行魔法だ。
「あんた! 服がびちゃびちゃじゃない!」
「いいじゃん。ママの魔法ですぐに乾くんだしさ」
そう言い返しながら、そのお子様は、母親の隣にスタッと着地した。
「そんなことよりさ! 今日の晩御飯なに?」
「ふふふ。元気いっぱいね。出掛ける前に、朝ごはん食べたばかりでしょ」
そんな親子の微笑ましい会話を、穏やかな気持ちで聞く。冷静になって、自信が飛び込んだ川をみやると、流れはすこぶる緩やかで、その深さは子供の半身が浸かる程度のものだった。氾濫でもしない限り、この川で溺れろ、と言われた方が難しいだろう。
そっかそっか、大好きなママを驚かせようとしただけか。川から上がり自身の濡れた服を見やる。
……ふぅ。
「くそがきがっ!!!!!」
ここはあらゆるものに魔力が宿る、素敵な素敵な魔法の世界。
そんな世界にも、落ちこぼれというものは確かに存在するのだ。
数々の作品の中から見つけていただきありがとうございます。
毎日投稿など大見えをきることはできませんが、自分のペースで投稿して行けたらなと考えています。
お暇な時間でも構いませんので、読んでいただけるとありがたいです。