『理不尽の権化』VSヨナ
ヨナ視点です。
ボクはあの日から何も変わっていない。
這う這うの体で自分の家を抜け出して、父親に引かれた理不尽の上を走るのが嫌で逃げ出したあの夜から。
「よう。随分と強くなったみてえじゃねえか?」
そう卑しい笑みを浮かべる男を見据える。
浅黒い肌に、ハイエナのような耳。
筋骨隆々の巨体。
目前の全てを馬鹿にするような吊り目の下品な瞳。
昔と姿形が全く変わっていない『理不尽の権化』
ゴライアス・ハガンの事を。
この世で最もボクが忌み嫌い、憎んだ大嫌いな人物を。
「なあ、口ぐらい聞こうぜ親子だろ?」
「……黙れ。ボクはお前の事を親となんて一度たりとも考えたことはない」
「じゃあなにか。昔みてえに殴り倒しにされてえのか?」
「その言葉そのまま返すよ。女を侍らして権力を振りかざして、強いだけが取り柄の軍団長さん。人徳があって強くなった僕とで大衆がどちらを選ぶかなんて目に見えてるでしょ。ヤバいのはむしろそっちのほうでしょ?」
「はっ。俺が負けるわけねぇだろが。てめえは自分の立場をみていってんのか? 環境に耐えられずに夜逃げした負け犬を誰が支持するってんだ?」
「少なくとも無能よりましでしょ」
「へっ。随分と生意気な口を聞くようになったじゃねえか。久々に教育してやらなちゃ駄目みてぇだな」
『さあ、いよいよ始まります騎士、獣闘師ブロック決勝戦! 紅と蒼の戦姫『ヨナ』、そしてなんとその正体は獣王様の腹心である公爵家の跡継ぎ候補。第二子のヨナ・ハガン! それに対するはその肉親であり、現、獣闘師団、『餓狼』団長。公爵家の跡継ぎ筆頭であるゴライアス・ハガン。どういう経緯なのかはわかりませんが親VS息子という激熱の展開だぁー!』
興奮収まらない様子の実況のお姉さんの大音声。
闘技場の盛り上がりもピークに達し、盛大なカウントダンが始まる。
一斉に紡がれる開幕を告げる合図に、疾駆する。
前傾姿勢を維持したままの肉薄。
フィーちゃんが寝ている間に他の冒険者に密かに教わった『縮地法』と呼ばれる仙術。
仙術の名が示す通り、実現するには鍛錬はもちろん並外れた身体能力とセンスが必要になる。
並みの武人であってもなにが起きたのかさえわからぬまま、攻撃を加えられる最強の先手必勝。
ボクがこの決戦の日に備えて、身に着けた必殺の極意。
瞬時に彼我の距離を潰し、熱狂に包まれる会場を置き去りに先手を掛ける。
勢いそのままに掌底を奴のあごに叩き込む。
「ってえな」
直撃。
ボクの知る限りでは、『理不尽の権化』に技術と呼べるほどの体術は一つもない。
闇雲に手足を動かしているだけだ。
手練れの武人達から見れば、児戯に等しい。
ただ、
「おっらあぁ!!」
単純に速く、重い。
ボクの顔面を狙って、繰り出された剛腕を、寸でのところで首を捻り、回避。
脳裏に、過去の記憶がフラッシュバックしたのを、かぶりを振って払いながら、バックステップ。
一度、距離を取る。
「おい、おいおいおい。あんだぁ。今のはヨおぉ!? なんで俺様が愚息如きに痛みなんて貰わなきゃなんねぇんだ? “あぁ”!?」
激昂した『理不尽の権化』から、尋常ならざる圧が放たれる。
言うまでもなく、『魔力波』と『威圧』の同時使用。
一回戦において全参加者を跪かせた。
奴の異名の所以でもある絶大な圧。
それと真っ向から対峙した上で、不敵に笑って見せる。
曰く、『それがどうした?』と言わんばかりに。
敢えて挑発する。
「ぅいあがあァ!!」
そうすれば、ほら。
直上的な、沸点の低い父親は益々冷静さを失ってくれるから。
「っふ!」
大振りに、袈裟から振るわれる右拳。
それを油断なく見据え、機微から察知した上で、逆方面から首に向け、回し蹴りを叩き込む。
「が、あ!?」
鈍い音と共に、骨を振動させる確かな手応え。
防御も回避も取っていない状態でのカウンター。
おそらく、ステータスは若干向こうのほうが高い。
ただそれでも、技術のないものを弄ぶ事くらい朝飯前だ。
なにより、愛しい吸血鬼に毎朝稽古をつけてもらっているのだ。
格上の相手への対処法くらい、弁えている。
はなから、こちらは勝つ気で挑んでいる。
フィーちゃんが、マンティコアを乗り越えたように、その恋人(仮)のボクも過去のしがらみの一つや二つ、打ち砕かないと、フィーちゃんに合わせる顔がない。
「はあぁぁ!!」
裂帛の咆哮を皮切りに、間断なく拳を、蹴りを見舞う。
掌底、回し蹴り、正拳突き、目潰し(?)、膝蹴り、踵落とし。
時折、距離を取ろうと後退する『理不尽の権化』を『縮地』で猛追し、一切の反撃を、防御を許さない。
最後に、最も得意とする回し蹴りを首に叩き込んだ所で、乾いた音を立て、奴の肩が地面へと吸い込まれた。
「はっ、はっ、ふぅ、はぁ」
かくいうボクも、数十秒に渡って全身全霊を以って体を酷使したせいか、肩で息をしている。
両手を膝につき、呼吸を整える事に専念する。
白眼を向いて倒れ伏す『理不尽の権化』の姿を確認した、『遠目』持ちらしい実況が、勝者の名を高らかに叫んだ。
「しょ、勝者。ゴライアス・ハガンの子息。紅と蒼の戦姫。『蒼』ヨナ・ハガン!!!」
予想打にしなかった勝者の宣言に、成り行きを呆然と見守っていた会場の各々が、一様に興奮の雄叫びを上げた。