あれをしたくない吸血鬼
……ノリで付き合うとか言ってしまったんご。
昨晩。
ヨナと一頻り互いの身の上話を交わした後。
前世の事まで吐露したことで、半ばやけにでもなっていたからか、なにをどう血迷ったのか。
僕自身、昨日の記憶が判然としないわけだけど……
「じゃあ、闘技大会が終わったら付き合う?」とか謎の古代言語を口走ってしまった。
ここで冷静になった今日の僕は、昨日の僕を冷静に分析し、結論を出した。
率直に言って、前世の僕の事までその驚異の包容力で受け止め、苦笑しながら『好きだよ』と朗らかにはにかんだヨナに、心のトキメきが抑えられなかったわけだ。
……どうしよう。撤回ができるようなメンタルはしてないし、かといってヨナの気持ちを無下にすることもできない。
隣ですうすうと幸せそうな顔をして寝息を立てている人に寝起きで『ごめーん。昨日の冗談。許してちょ?』みたいな軽口が叩けるほど僕は傍若無人じゃない。
うう。そりゃ一時の怒りに任せてヨナに冷たい態度を取ってしまった僕の自業自得ではあるんだけどさあ。
でもいくら男の娘とはいえできるならあれはしたくないんですけど。
子孫繁栄とかそういう類のあれは丁重にお断りして、少年漫画よろしく友情努力勝利の精神のまま突っ走りたいんですけど。
「おはようふぃーちゃん」
と、一人で悶え苦しんでいると、傍らで寝息を立てていたヨナがいつの間にやら目を覚ましていた。悶えていた。とはいえ、お気にの枕を全力で抱きしめ、現実逃避の矛先に向けていたため、大きな物音は立てないように細心の注意を払っていたんだけど……
「う、うん」
先ほどまで憂いの種だったヨナが唐突に目を覚ましたためか、心なしか返答が上擦っていた。
どころか、若干距離をとってオドオドしてしまっていた。
自分でも分かる。今の僕、めちゃくちゃ挙動不審だわ。
「どうしたの。なんかソワソワしてる?」
「い、いやあのその」
あ、あれえ? この子昨日話したこと覚えてないのかな。かな?
「ん? もしかして昨日の元男の矜持がどうとかそういう話でまだ怒ってるの?」
「ち、違う違う。そうじゃない!?」
動揺からか、何故かちょっと歌詞染みてしまった返答で、そう否定するとヨナはしばらく沈黙する。そして、少しの間考えるそぶりを見せた後、何かに思い至ったのか、意地悪い笑みを浮かべた。
「あー。昨日の告白の件かな?」
しきりに高速で頭を上下させ、肯定する。
「んー。まあボクもフィーちゃんが元男だってことは正直それはもう驚いたけどさ。ボクはそれでも今の女性としてのフィーちゃんの事がすごく魅力的だと思っているよ」
「そ、そうでしゅか」
「それに、もし告白の件を撤廃されたとしても、ボクは今更フィーちゃんを諦める気は微塵もないよ?」
「……」
完全に考えを見透かされている、だと!?
言い出す勇気はなかったものの、まさかの以心伝心。
いや、僕はヨナの気持ちを読めてないわけだから一方通行じゃんよ。
なんだこの理不尽は!?
「フィーちゃんはボクの事、嫌い?」
「どっちかというと好き」
っは!脊髄反射で口から言葉が洩れてしまった。
いや、まあ別にヨナが嫌いなわけないし、嫌いだったら心配してガチギレしたりするわけないじゃないですか。で、でもまあ今の聞き方はずるいというか計算的というか狙ったとしか思えないというかですね。(早口)
それでだってえっとそのやっぱおかしいというかなんというか(語彙力崩壊)
「自分より弱い男とは結婚できない。とか?」
「いや、そんな戦闘狂的な思考はないけど」
「なら何が不満なの?」
「……」
ヨナの質問を一顧だにせず、先ほどの反省も兼ね、明後日の方向を向いて心を無にする。
明鏡止水。心を無にすれば男の娘の暴威もまた涼し、というわけだぁ。
ッフ。これらなば、如何な男の娘といえども読心は叶うまい。
「もしかしてエッチィこと?」
いや、いやいやいやいや、そそ、そんなわけな、なに。
ないじゃないですかやだー。とんだ見当違いって奴ですよお、ヨナさん?
「……ふーん。そっかそっかー。ボクとあれな行為をしたところを想像して興奮しちゃうわけか~。変態さんだな~。フィーちゃんは」
「ち、違わい」
「え、じゃあシンプルに怖いとか?」
「ちらう」
「うん。図星みたいだね」
如何してボクの考えたことはすぐヨナにばれるんだよぉ!
これはきっとなにか大きな陰謀が関与しているに違いない。
でなければ、表情が希薄でミステリアスな僕の気持ちがこうも容易く読み取れるわけがないのだ!