吸血鬼と男の娘の身の上話
よし。準備は完全に整った。
ヨナとの仲直りを決意した僕はノクスとの試合が終わった後、手早く荷物を回収して早めに宿に戻っていた。
ヨナに悩みを話して欲しくて、それで勝手に苛立って意識してヨナを避けてきた。
普段ならいつもからかわれているヨナに僕から謝るのは躊躇われるところだけど、今回は一方的に突き放してしまったのは僕の方だし、謝らないのは誠意に欠けるというものだろう。
今回はコミュ症とか関係なしに長く喋んないといけないな。
だけど、そんなものは大して重荷じゃない。
一番の問題はヨナが僕の謝罪を受け入れてくれるか否か。
寝室のベットに腰を置いてじっとヨナの帰りを待つ。
暫くして、扉を開ける音で目を覚ました。(寝てた)
慌てて立ち上がってヨナに駆け寄る。
「……ヨナ」
「フィーちゃん――」
「「ごめん」」
「「え?」」
お互い顔を見合わせ、目を瞬かせる。
それからしばらく部屋に沈黙が続く。
気まずい雰囲気が流れ、ヨナが目を泳がせて、口を開いては閉じてをしきりに行い、口籠っている。
……この気まずい雰囲気を作ってしまったのは僕なわけだし、ここで止まっちゃダメだよね。
ヨナの目を迷いなく見つめ、意を決して口を開く。
「僕、勝手に怒ってヨナの意見も聞かずに冷たい態度を取っちゃった。僕のほうが年上なのに、ホントごめん」
あらん限りの誠意を以て、頭を下げる。
これまで良好な関係でいたのを見限って冷たく当たってしまったのは僕だ。
年上なのに勝手に憤って、ヨナの事を蔑ろにしようとしてた。
人生、いや吸血鬼生はもう結構長いのにこんなことになってしまったのは普段人とまともに意思疎通を図ってこなかった。図ろうともしてこなかった僕の責任だ。
「フィーちゃん。えとさ、ほら。あの、えっと」
たどたどしく歯切れが悪いヨナ。
如何したのだろうと疑問に思い顔を上げると、ヨナの瞳から涙がこぼれていた。
「あ、あれ? おか、しいな。なんでだろ、これ止まらないや」
普段強気で大胆、自由奔放なヨナが涙を流す姿。
頬から伝っていく大粒の涙が地面に零れ落ちていく。
きっと少し前のヨナからは想像もつかなかった光景。
でも、僕の心はそれを自然と受け入れられた。
ヨナと初めてあったとき、10歳だとそういっていた。
半年ほど過ごしたときには立場が逆になってしまっていたけれど、出会って数週間ほどのころはなんだか、柔和な笑みを絶やさなかった。
毎日のどれもこれもが楽しそうで好奇心に駆られた子供のそれみたいに。
立ち振る舞いや仕草は大人びていたけどそんなところは年相応なんだなと微笑ましく思っていた。
でももしかしたらヨナはあの瞬間、初めて幸せを知ったのかもしれない。
どんな立場や身分だったのかは貴族ということ以外、詳しく聞いていないけど、騒然で波乱万丈な人生を歩んできたのかもしれない。いや、きっとそうだ。
「大丈夫。僕が傍にいるからさ」
体を戦慄かせて涙を流すヨナを優しく抱き包む。
……僕のほうが身長が低いから傍から見たら姉が妹に慰められてるように見えるんだろうけど。それでも精一杯背伸びして頭を撫でてやった。
「うぎ、ぐすっ」
膝を付いて泣き崩れるヨナをそっとずっと撫で続けた。
「……落ち着いた?」
ひとしきりヨナが泣いたのち、僕とヨナはベッドに座り込んで向かい合っていた。
「うん、うん……」
「そうか。僕の胸に顔を埋めてにやけるぐらいには落ち着いたみたいだね。……殴るよ?」
「唐突な暴力。ボクでなきゃ避けられないね」
……完全な不意打ちなのに躱された。さすがに無手が本職のヨナには拳じゃ敵わないか。
「それで、如何してここ最近フィーちゃんはボクに冷たかったの?」
だいぶ調子の戻ったヨナにホッとしつつ、僕は訳を話すため重い口を開いた。
「……ヨナ。一人で抱え込み過ぎじゃない?」
「と、いうと?」
「相談して欲しかった。どうしてそこまでヨナが『理不尽の権化』にこだわるのか。出来たら生い立ちも、ここまでの経緯も。辛いことだとわかっていたから今まで触れてこなかったけど、でも、それでも、あんな顔するくらいならすぐ近くにいる僕に頼ってほしかった。それでなんだか腹立たしくなって距離を取っちゃた」
「……なにその理由、普通に恥ずいよ。……でもそっか良かった。ありがとう。ボクの事をそこまで想ってくれて。ボクはてっきりフィーちゃんに嫌われたのかと思って焦っちゃたよ」
薄く笑い、深く息を吐くヨナ。
でもこれに満足して終わっちゃいけないんだ。
「それで、ヨナはなにを悩んでるの?」
「うん、もちろんOKだよ。余りフィーちゃんを巻き込みたくなかったのは事実だけど、フィーちゃんに嫌われる方がもっと嫌だしね。聞いてて楽しい話ではないだろうけど、今までの経緯、全部話すよ」
それからいろんな話をした。
ヨナの辛い生い立ちから僕の前世まで。
互いの今までの話が終わってからも、軽口を叩き合いながら談笑して、気付いたら僕もヨナも、眠りに落ちていた。