修行しようとしました
「さあ、闘技大会に向けて修行だー!」
大会が三日前まで差し迫った朝。
天に突き上げたヨナがそう高らかに宣言した。
「えー」
「そこはオー! でしょ。フィーちゃん」
だって、ねえ。大会に向けて修行すっぞ。とかどこの天下〇武闘会なのさ。
異世界系では努力する主人公は嫌われやすいんだしー。
なにより修練と鍛錬はやっぱ疲れるしー。
現代日本ではそれが嫌な人が大多数だったから手軽に強くなれるゲームが流行ったんだし―。(偏見)
まあ、それになんだかんだ自慢じゃないけど、僕は強いのでそんなもん必要ないし!
「日々の積み重ねは時に才能をも凌駕する! そうでしょフィーちゃん。」
キラキラと瞳を輝かせて興奮したように叫ぶヨナ。
「そだねー」
うん。そんなこと言われても正直響かないんだなー。
自分でもひねくれてるとは思うけど、絶対に覆せない種族としての差とかそういうのはあると思っているし。
「もう、やる気なさすぎだよ。そんなんじゃ世界一の冒険者は目指せないよ」
「……興味ないね」
「男心的にはそういうのは憧れるんだけどなー」
イヤ僕も元男だから気持ちはわからんくもないけど厨二は別として、わざわざ最強の冒険者とかになって目立ちにいきたいとは思わんなぁ。
「どれだけ抗議されても付き合ってもらうけどね。ボクとまともに模擬戦できるのフィーちゃんしかいないし」
はー。財産も寝床もあって生活は悠々自適!
のはずで好き放題しても誰にも文句は言われないはずなのに。
いっその事闘技大会まで『吸血鬼化』で夜逃げして、近くの町に雲隠れでもするか?
「うーん。じゃあ付き合ってくれたらチョコケーキ食べさせてあげても良いんだけどなー」
「やる!」
「うんうん。そうこなくっちゃね。」
チョコケーキ。あれホント美味。ほんのり苦いカカオと口の中で甘く溶けるチョコクリームが(以下略)
欲望に忠実だって?
っふ。なんとでもいうがいいさ。
この胸の内から高まり、溢れる食欲のためならなんでもするのさ!
……と思っていた時期が私にもありましたよ。
「大丈夫? フィーちゃん。」
やってしまったといった感じに苦い笑みを浮かべるヨナ。
僕は現在ヨナに肩を貸して、いや完全におんぶされている状態。
どうしてこんなことになったかって?
それは今いる場所が原因。
僕らが訪れた場所は王都の冒険者組合が所有する訓練場。
つまり王都で冒険者を生業にしている者たちにとって公共の場。
もちろんそこには多くの人がいるわけで。
「もうやだ。お家、帰る」
「いや、人混みだけで体調崩すフィーちゃんがおかしいだけだからね?」
うっせ。内気とコミュ障のダブルコンボなめんな。
人前に出ることすら恥ずか死ぬのに、人混みが平気なんて理由があるの?
否、否、否! そんなものは存在しないわ!
……あれぇ。ちょっと待って。僕って闘技大会出るんだよね。
三年間に一度のお祭りだからここよりも多くの人が集まるんだよね。
そしたら精神的に死ぬくね。
ま、まさかこんなところに落とし穴があったとは。
僕としたことが、一生の不覚だ。
「ねえ。フィーちゃん。どうせならここで一戦交えない?」
「ふぁ?」
なにを言ってくれちゃってるんだこの男の娘は。
「いや『ふぁ?』じゃなくてさ。ほらギャラリーに慣れるためにもね?」
えー。僕のコミュ障加減を知らないからそんなことが言えるんだよ。
限界突破を通り越して天元突破して神の次元に至らんとしてるぐらい極まってる僕のコミュ障を矯正するとかとんだ無理難題ですよ。
「えっと。ほら人を魔物だと思って!」
「殺せばいいの?」
「いやなんでそうなったし」
僕達が和気藹々? としていると唐突に前方に光が満ちた。
眩い閃光が凝縮していき、だんだんとそれは人の形を成していく。
「また会ったわね」
「人違いじゃないですか?」
唐突に表れた変質者の戯言をヨナが即座に一刀両断する。
それに調子を崩されたというようによろける変質者。
ん? いや待て。この変質者、なーんか見覚えがあるぞ。
「セクハラ勇者」
雷が走ったように記憶が回顧したため、つい内心を口走ってしまった。
ま、でもトランク〇ルーしておいて正解だね。
さすがは僕の代弁者ヨナ。以心伝心とはまさにいまこの時のために合った言葉に違いない。
「セクハラ? 誰と勘違いしてるのよ。私よ、私! 勇者サテラ。あなたたちと前にもめたでしょ。その話の続きをしに来たの」
その言葉でヨナが手をポンと叩いて納得みたいな顔をする。
いや、気づいてて逢えてスルーしてたんじゃないのかい。
「この場所にいるということは鍛錬の一環でしょ? この前有耶無耶になった試合。どう?」
「願ってもないや。受けて立つよ」
そしてなんか知らんうちに戦う流れになってました。
なんで?