どこの世界もおじいちゃんは苦労するんだなって
あれから一夜明けた早朝。
普段。こんな日の低い時間帯はお昼寝タイムなんだけど、今日はどういうことかヨナに駆り出されていた。
「ここだよ」
促されて中に入る。
やってきたのは大きなお屋敷。
一目で高いとわかるような壺や立て掛けられた絵画。
現代日本ではまず見られない光景に目移りしてしまう。
ヨナが朝起きたら実家に行くとか言いだして何かと思ったんだけどホントにナニ?
貴族ってことは聞いていたけど広すぎるんですけど!?
王都の街並みには確かに、煌びやかで大きな建築物がたくさん並んでるけど、それでもこの屋敷は一線を画してるように思うんだよね。
マジでめちゃでかい。
他の家の3倍くらいの敷地ありそうだもん。
「凄い」
「そんな大したものじゃないよ。むしろ整備が面倒なだけだし」
まあ、確かに。
正直こんな大きな屋敷に住むのは躊躇われる。
ネコじゃないけどなんか広すぎる部屋って落ち着かないんだよね……
「おかえりなさいませ。ヨナ様」
出迎えてくれたのはメイドの恰好をしたお姉さん。
声音とか動作とかがどことなくクールでカッコいい。
立ち振る舞いは洗練された貴族みたいな感じで高貴さがある。
初めてヨナに出会った時、妙に大人びていている動作を不思議に思ってたけれど、あの大胆でカッコいい性格はここでの暮らしによってできたものだったのかな。
「ただいま、ナタリー。元気にしてた?」
「いいえ。ヨナ様が失踪されてから、従者総員で屋敷を捜索したり、王都全体に範囲を広げて、町の人々に協力を仰いだり、それはもう大騒ぎでしたよ」
「はは。ごめんごめん。仕方なかったんだって」
「わかっております。しかし、冒険者に志願しなくとも獣闘士の方でも良かったのではないですか?」
「……そうだね。ま、その話はいったん置いといて、さ。おじいちゃん居る?」
なんだろう。いつも優しく、穏やかな雰囲気なヨナの瞳が、ほんの一瞬、色のない空虚な瞳に変わった気が……
気のせいであってほしいなー。
面倒ごとはもうごめんだし。
「本当に自分勝手な人ですね。公爵様は自室におられますので案内いたしますが、そちらの方はどういたしますか?」
「うん。連れてくから大丈夫」
「ふぐぅ」
ヨナさんや。逃げようとしたのは悪かったかもだけど、頼むから引きずらないで。
だって公爵って上から数えた方が早い身分の人でしょ?
そんな人と一緒の空気を吸うとか緊張で精神崩壊してしまうって。
しばらくヨナの魔の手から逃れようともがいていたけどやめた。
めっちゃ注目されて、すごい恥ずかしいから。
連れていかれても死ぬ、今もがいても死ぬ。
なんだこのクソゲーは。
視線で『やめて』とヨナに訴えても一向に放してくれる気配がないし。
それどころかしたり顔を浮かべていらっしゃるし。
結局部屋に着くまで感情乱されっぱなしだった。
表情には出てなかったと思うけど。
うん。それでも見た目カワイイ女子に子供が引きずられてるってどんな絵面だし。
傍から見たら駄々をこねてる妹とそれを連れ帰る姉とか?
うん。他人だったらなんか和む光景だけど、それを自分で体験するのはないわー。
「さてと、フィーちゃんの可愛い反応も見れたことだし、いよいよ本題に洒落込みますか」
「……」
腕を掴まれてされるがままに廊下を進み、やってきたのはドアの前。
ドア。といっても大扉みたいな感じで両手を使って開けるようなダンジョンみたいな扉だけど。
「失礼いたします。お客様をお連れしました」
「なに、今日は客人の予約など入っていないが……」
「ただいまだぜ。じいちゃん」
「……」
金髪青眼。どことなくヨナと容姿が似ているおじいちゃんとヨナが見つめあうこと数秒。
「なにが『ただいまだぜ』だ。冒険者生活を続けているうちに貴族のマナーさえ忘れたか?」
「いや、真面目な話、ボクもうホントに貴族じゃないし」
「わかっている。それでもお前に家を継いで欲しかっただけのこと」
頭を掻いて申し訳なさそうにするヨナと溜息を吐くおじ、おじいさんかこの人?
おじいさんというかお父さんぐらいの年齢に見える。
それも三十代後半ぐらいの親としては若い方に見えるんだけど……
さすが異世界。地球の科学力では説明できない老化の遅さだね。
まあ、大方『遅老』あたりのスキルを取得してるんだろうけど。
「客人を立たせるのは悪い。椅子に掛けてもらってから、詳しい話を聞こう」
「そうだね。あとはお茶菓子とかミルクティーとか出すと喜ぶかもよ」
「……承知した。メイドに準備させておく」
……あのー。僕は子ども扱いですか?
そうですか。
ま、そのほうが喋らなくていいから楽だけどさ。
それはそれで寂しいんよね。
口下手でコミュ障で内向的な性格でも話したい気持ちはあるわけだし、別に避けようとしてるわけでもないっていうかさ。ね?
「……奴を倒す算段は付いているのか?」
「可能、だと思う。ボクも2年間。フィーちゃんとの修行や実践を繰り返してきたしね。それなりに強くなったと自負しているよ。」
「そうか。政治が本職で魔法は嗜む程度の私では戦闘の事は詳しくは分からぬ。だが、一つだけ言えることがある。奴を見誤るなよ?」
真剣な口調でなにやら話し込んでいる二人には目もくれずケーキを咀嚼する。
やけ食いじゃないし。
話しかけてもらえなくて拗ねてるわけじゃないし。
辺境の特産物らしいカカオを使ったチョコケーキ。
ほんのり苦く、でも甘いビターが口内を満たしておいちい。
何これ一生食べてたい。
「もちろん。油断はしない。親だからといって容赦もしないよ。『理不尽の権化』の二つ名、大観客の前で引き剥がしてやるさ」
不貞腐れてケーキを完食しているうちに親子ならぬ爺孫水入らずの話は終わったみたい。あー。早く、宿に戻って快適な自堕落生活を送りたいんよー。
……というかさ、僕ついていく必要あったんすかね?