馬車という名の災禍
ガタンゴトン。というよりかはバカラバカラって音が響く。
その度に目眩がして周りの物が朧げになっていく。
なんでこんな状況になったのかって?
それには深い深いとても深ーい理由があるんだよ。
『禁忌の森』に入るまでの一時でも何か旅気分を味わえないのかと思ってギルマスに相談してみた。
で、馬車での移動を提案されたんだけど、ファンタジーぽくってよさそうだし、沈んだ気持ちを持ち直す気分転換にもなると思って安易にこれを受諾。
したのがいけなかったんだ。
「大丈夫ですか主様」
食べたものが逆流して出てきそうなくらい気持ち悪い。
頭はガンガンしてるし、めまいもする。
ソフィーとサフィアの姿もよく見えない。
これはあれだよ。
認めたくないけど乗り物酔いってやつだよ。
いやおかしい。
前世での小学生の頃の記憶は朧気だけど、遠足や旅行で酔った覚えはない。
それなのに今の僕の現状は悲惨。
……木製の椅子に横たわって瞳からハイライトが消えている、と思う。
馬車がガタンと揺れるたびに身体を衝撃が貫き(大袈裟)ゴトンと進むたびに意識が途切れそうになる。
どうにか意識を繋ぎ止めていられるのはステータスによる恩師と自分の矜持に掛けた意地のおかげかな。
……さっきから思ってたんだけどサフィア、安否をとうような優しい言葉なのに行動が一致してないんだけど。
なんで僕の額から水が滴ってるんですかねえ。
あれだよ。ポリ袋を用意すべきだから。
風邪じゃないんだから額に水をぶっかければいいわけじゃないんだよ。
わかる?
「……ぁ」
抗議しようと口を開いても掠れた声しか出ない。
ま、まだだ。もう少しの辛抱だ。
あとちょっとで。
このままでは死ぬかもしれないと本能が訴えてきている。
それでも流されて意識を手放すなんてことはしない。
できない!
そんな醜態を晒すわけにはいかない!
ソフィーの前では、絶対に、ね!
決意を新たに奮起したところに体を激しい揺れが襲った。
ぁ……
夢を、見ていた気がする。
自分が乗り物酔いして失神するという不快な悪夢。
だって。そうだ。
マンティコアを打倒したつよつよな僕が馬車なんかに負けるはずないじゃないか。
「だが、事実だ」
「え、こわ」
目を覚ますとギルマスの顔があった。
一応見れないことはない顔ではあるけど起きたら人がいるって怖い。
「馬車の旅、楽しめたようで何よりだ」
「……」
た、たのしめた、よ。うん。
思わず眠ってしまうくらい快適だったともさ!(やけくそ)
「……気を付けて帰れよ」
「ぅん」
「どうした。まさか馬車で酔ったか?」
「その通りでございます。病人の看病は存外大変な―」
「僕に限ってそれはないから。見送りありがと、ギルマス《ベント》」
サフィアがなにか口走ろうとしたけど変態が口を挟むような場じゃないから。
し、シリアスな別れの場だから、ここ。
僕が馬車で酔ったなんてそんな事実は虚構だから!
「……おう。睡眠同好会での日々楽しかったぞ。達者でな」
「そっちも」
短い別れ、でもこのくらいがちょうどいい。
睡眠同好会での日々もここでの事件もギルドでの日々も。
感慨深いというだけで、エルフを侮蔑していた奴らを許せるわけではないけど、少なくともギルマスは僕に、僕達にとって唯一無二の親友になってくれた。
その事実だけで、この村、サリエラで過ごした日々は意義があったと思う。
「母様、起きてください。到着しましたよ」
「うみゅ」
ソフィーが眠たげな瞳で目を開ける。
その数瞬後、手元に何かがないと言いたげに僕の事を睨んできたけど明後日の方向を向いておく。
僕が馬車で酔った結果。
抱き着いていたソフィーを引き剥がしてサフィアが僕の看病をしたなんて事実はない。
そもそも僕は馬車で酔ってなんかない!(酔った)