エルフの実情
平静を装い席に座りなおす僕。
君たちは何も見なかった! いいね?
「これから話すことは全て真実だ。けど、怒らずに聞いてほしい」
ギルマスの話をサラッと聞き流して次の町に向かおうと思っていたんだけど、話が進んでくるにつれ注目せざるを得なくなった。
それはエルフの話。
僕の知らない事柄、それも重要な。
「奴隷なんだ。エルフは世界の害悪」
隣でサフィアが硬直しているのを感じる。
ソフィーもこれまでのほのぼのとした雰囲気が消えている。
室内に緊張が漂う中、僕はただ沈黙するしかなかった。
できなかった。
『禁忌の森』の魔物達を擁護するようなエルフの言動は世界のあらゆる種族から反感を買い、憤った各国の人々は危険な魔物をその地で住まう、エルフごと閉じ込めた。
元々『禁忌の森』でしか魔物は現れなかった。
だから禁忌の森さえ封じてしまえば魔物と呼ばれる凶悪極まりない生物たちを一網打尽にできるという思惑もあったらしい。
しかし、数年もしないうちに他国でも魔物が出現し始めた。
その理由は未だ判明していないらしいけど、なんにせよ唐突に現れた魔物に各国は戸惑い、反応が遅れ致命的な打撃を受けた。
多くの町が半壊し、世界の人口は半分ほどに減少したらしい。
生存者達は大切な家族を、友人を、仲間を無くした罪悪感と自分の不甲斐なさに慟哭し、嘆き、苦しんだ。
そしてその悔恨が生き残ったエルフ達に向くのにそう時間はかからなかった。
恨みの対象を魔物から僅かながらに存在していた別の森で暮らすエルフ達に向かわせた。
半分にも減少したのだ。大切な人々を失った人は星の数ほどいたのだろう。
よって数年もしない内にエルフは世界共通の認識で奴隷になった。
前のテンプレ毛むくじゃら冒険者がソフィーに欲情していたのは、ソフィーを僕のペットの奴隷として見ていたからということなのだろう。そしてそれを見ても誰も触れなかったのは他の冒険者たちにとってもそれが然るべきことだったから。
僕がソフィーを取られるのを妨害したことで冒険者たちの注目が僕に向いて、ソフィーの認識が曖昧になっただけだったんだ。
あの時、あの場にいた全員が、ソフィーを人として見ていなかったのだ。
僕はそんなことは梅雨知らずに呑気にも次の町に向かおうとしていた。
ソフィーに浴びせられる目線がひどく冷たい物になるとも知らずに。
守ると誓った。世界を見せると誓った。
でもダメだった。僕の力じゃ無理だった。
物理的な『力』があってもどうしようもないことだってあるんだ。
いくら武力に訴えても旅を続けていれば、ソフィーに手を出す不埒な輩が現れる。現れてしまう。
なにが『始祖』だ、吸血鬼だ。
ステータスがどれだけ高かろうと何の意味もない。
僕にできることは唇を噛んで己の不甲斐なさを呪うことぐらいだ。
「あー。方法がないわけでもない」
「教えて!」
そんな方法があるのならば飛びつかない訳にはいかない。
「奴隷なら奴隷らしくして旅をしろ。と言いたいところだが睡眠同好会のよしみとしても、個人的な気持ちとしてもそれは気が引ける。だから獣王国に行って冒険者ランクを上げろ」
「ランクを? それまたどうして?」
「簡単に言えばBランクを超えれば奴隷として扱われなくなる。といっても全世界でじゃない。あくまでそれが適応されてるのは世界でも獣王国とその属国だけだ」
「……ソフィーの世界を旅するって夢は?」
「……獣王国とその属国の範囲ならば可能だろうな。でも他の国はエルフのことを奴隷か、意思のある動物程度の認識で恨みの対象だ。少なくともお前が嬢ちゃんを連れて旅に出たら歓迎されることはないぞ」
「力で黙らせるのは?」
「そんなことをすればお前が悪とみなされるだろうな。各国で現れた魔物に壊滅的な打撃を受けた時点で、エルフは世界から一掃されるはずだったんだ。
それを当時の結界外で暮らしていたエルフの長が自分たちを奴隷に落とす代わりに生存の権利をくれないかと申し出たらしい。
それが世界で受諾されたことで今この世界にエルフという種族がある。エルフは世界に生かされているようなもんだ。
旅をするという行為は嬢ちゃんを危険にさらして、精神的にも肉体的にも追い詰めてしまうだけだぞ」
「……」
「母様」
ソフィーの表情は暗い。
今にも泣き出してしまいそうなほどに。
遥か昔の話。
それをいつまでも引きずって悪と決めつける各国。
魔物に殺された人々や大切な人たちを亡くした者達。
その人たちに同情はするし、不憫には思う。
だけど、今この時代に住むエルフ達はそれに全く関与していないはずなのに。
昔のエルフは悪かったのかもしれない。
魔物という未知の生物がいる森を開拓することをいつまでも拒んでいたのだから。
でも、今に生きるエルフ達にその憎しみを、怒りをぶつけるのは間違っている。
僕らは悩んだ末、『禁忌の森』に一度戻ることにした。
出発するにしてもあと、二、三日はゆっくりしようかと考えていたんだけど、ギルマスの話を聞いた今ではとても向けられる視線に耐えられそうにない。
王都や発展した街に行ってみたい。
というソフィーと僕の願いは今はとても実現できそうになかった。
獣王国に向かうにしても、一度計画を立てないとだし、憂さ晴らしにあの寂しがり屋のぼっちウザゴンに喧嘩でも売りに行こう。
話があれと似てることは作者自身自覚しています。
とある蜘蛛の話を作者は超超リスペクトしているので影響を受けまくってしまってます。
エルフ至上主義とかの人、本当に申し訳ないです。
ただ一つはっきりしている事があります。
ソフィーが可愛いのは紛れもない事実。
異論は認めん。