ギルドマスター
サフィア視点です。
主様が眠りにつき、騒然と化した室内が静寂に包まれます。
主様の魔力波に充てられても気絶しなかった不逞の輩質は好機の視線でこちらを見ています。
話しかけてくるものはいませんがかなり鬱陶しいですね。
その不快な静寂を打ち壊したのは受付嬢が連れてきた気だるそうな男の声でした。
「なにこれ、どうゆう事態だし?」
ゆっくりとギルドを見渡した男が怪訝そうな声音で受付嬢へと尋ねています。
「あとはお任せします」
男からの投げかけを軽く無視、受付嬢が業務に戻っていきます。
主様が言うにはああ言うのは相手からの面倒な問いかけを無視するスキル。
俗に『スルー』と呼ばれるスキルだそうです。
他にもなにやら『NOと言える日本人』なるスキルもあるそうです。
私が主様から教え説かれた大切な一時を思い返している間に、
受付嬢が業務に戻っていく姿を恨みがましい目で見つめていた男がフラフラとこちらに近づいてきます。
眠そうに目を細め、トボトボといった擬音が似合いそうなその姿はどこか主様や母様を想起させます。
重装備の冒険者が多い中で剣を腰に吊り下げ、灰色で肌は見えないものの重さを最大限に減らしたとみられる衣服。
かなりの猫背でその足取りはふらつき、今にも倒れてしまいそうで素人同然に見えます。
しかし、それは常人が見た時の感想。私はそうは思いません。
直感ではありますが断言できます。
この男、相当の手練れです。
先ほど主様に無礼を働いたゴミムシを凌ぐほどの。
警戒心を一つ引き上げます。
手を鞘の前に持っていきいつでも抜刀できる体制を取り、バックステップ、男から距離を取ります。
しかし男は私が臨戦態勢を取ったことに意を介さず、先ほど受付嬢に話しかけていた時と変わらない、気だるそうな声で話しかけてきます。
「あ~。取り敢えずあんた」
「失礼ですね。私は『あんた』などという下賤な名前ではございません。主様から賜った由緒正しいサフィアという名があります」
「そうか。サフィアとやら奥の部屋まで来てくれ、山ほど聞かなきゃいけないことがあるから。」
「ソフィーは?」
「嬢ちゃんは…… ん? これまた面倒だなぁ。」
男は何やら額に手をついてウンウンと唸っています。
そして深い。とても深い溜息を吐くと、諦めたように顔を上げて告げました。
「そうだな。嬢ちゃんも来てくれ。詳しいことは奥で話すから」
――――
男に連れられ、ギルドの二階、の隅に位置する小さな部屋にやってきました。
広くはないですが、小綺麗で埃やゴミは見当たらずしっかりと掃除が行き届いているように思います。
主様に仕えているメイドとしては勉強になります。
修行の一環としてこの部屋の掃除をしている者と話がしてみたいものです。
部屋を隅々まで見渡していると、奥のほうに、なにやら散らかっている長机がありました。
机が書類や本で溢れかえっていて、紙くずまで散らばっています。
いえ、よく見れば中央の部分だけ穴でも開いたかのように全く物が見当たりません。
その代わりに枕が置いてあります。
マイ枕でしょうか?
人間の間ではそういうのが流行っているでしょうか?
主様と母様は寝るのが大のお好きですし、お土産に買ってあげたら喜んでくれるますかね?
壁には外の看板で見た絵画のほかにも剣や盾が飾られており、部屋の奥両端には本棚も見られます。男はドカッと音を立てて着席しました。長机の空いたスペースにペターと顎をついています。
人間の間では話す際はあれが礼儀なのでしょうか?
機会があれば実践してみましょう。
それにしても……
書類でごった返しており、先ほどから雪崩のように物が男に向かって落ちているというのに、軽く動くことでこれを躱しています。
鍛錬かなにかなのでしょうか?
だとすればかなり高レベルの鍛錬です。
「話を始めようとして寝ないで下さい。上に業務放棄を伝えて役職冒険者に戻させますよ?」
「バカッ。それじゃ気持ちよく机の上で居眠りできないでしょうが?! 俺が何のためにこの仕事してると思ってるの。あの五月蠅い一階の空間で気持ちよく寝れないからこの最高のお昼寝部屋を貸切るためでしょうがぁ!」
あれは寝ていたのでしょうか? だとしたら寝相。
いえ、寝相だとしたらあまりにも動きが早すぎます。
「ここは仕事を行う場所です。気持ちよく寝たかったら早いとこ客人と話を進めろチリパ」
「いやチリチリパーマじゃないんですけど。ただの寝癖なんですけど、アレンちゃん。当たりきついよ。もっと優しく接してよ」
「それはあなたの態度がそうさせてるんです! というかいい加減話進めろし。何回同じ事言わせんだテメエ?」
「わかった。ワカリマシタからそんな睨まんで」
そのまま暫く男と秘書のような人との馴れ合いが続いた後、男がようやくこちらを向き、口を開きます。
「えーと、まずは…… あ、俺はベント。一応このギルドの統率者。名目上はギルドマスターやってまーす。正確にいえばやらされてマース。無理強いされてまーす。あと眠いでーす」
「ギルドマスター。見ず知らずにの人に愚痴らないでください。あと、当たり前のように寝むろうとすんな」
「えー。硬い。お堅いよー。アレンちゃん。もっと軽ーく。気軽にいこーぜー。」
アレンという女性とギルマスの男がまたも言い争う? こと数分。
ようやく話がまとまったのか、アレンさんから名前を聞かれます。
「サフィアです」
「ソフィーだよ!」
「はい。分かったねアレンちゃん。じゃあさっさと終わらせて寝たいから単刀直入に聞くぞ。オマエら一体なにもん?」
「? ソフィーだよ!」
「サフィアですが?」
何を訊いているのですか? この男は。たった今名乗ったはずですが。
「いや、名前を聞いてんじゃないんだが。普通に雰囲気で読み取ってくれると嬉しかったんだけど」
「じゃあ、種族は?」
「ソフィーはエルフだよー!」
「私はヴァンパイアエルフです。」
「はは…… やっぱ、ね。ていうか片方に関してはもはや聞いたことすらないし」
「で、うちの稼ぎ頭。でもないか。ただ有名なだけだなアイツ。まあいいや、あんなんでもB+に匹敵する実力者イーズを倒しちまったそのチビッ子ー」
「「クローフィー」」様です!」だよ!」
「……おう。そのクローフィーっていうチビッ子。それとあんたらも含めてだが仮にもB+の奴を倒した以上。即刻ランクを上げる必要がある。」
「ランク?」
「?」
そのままオウム返しにする私と頭をかしげる母様。
はてさて。ランクとはいったいなんでしょうか。
叡智の塊のような私でも聞いたことがありません。
言葉の意味が通じていないのを察したのか、男は頭を抱えて隣で見守る女の人に目線を向けて。
「なぁ。俺もう帰っていいかな?」
「駄目です」
「いやそこのとこを承知した上でなんとかさ」
「ダ・メ・デ・ス」
諦めたのか気だるげそうな瞳が再びこちらを見据えます。
「口で言うより見たほうが早いわ。が、しかし俺は今の会話でストレスが溜まって今日はもう働きたくないし、他にも眠るという生物として偉大な仕事があるから。ソフィーとサフィア、だったっけ。とりあえず詳しい話はまた明日な」
そういうと自然な動作で枕をとり眠りに入る男。
それを母様がキラキラした目で見つめています。
これは……
母様が反応するということはやはりマイ枕は人間の間では常識なのですね。
ならば主様にも枕を買ってあげれば、可愛らしいお顔が喜色満面に溢れるはずです。
そして願わくばソフィー様とクローフィー様でその枕を挟み込んで寝てくだされば新しい材料が入手できて非常にいい絵が描けます。
さらに私の日々の疲れも取れて一石二鳥。
そうと決まれば枕の購入を予定しておきましょう。
眠り始めたベントをアレンさんがキレ気味に起こそうとしていましたが、完全に眠りの世界に誘われているようです。
それを尚も輝いた瞳で見つめる母様。
主様と母様がお喜びになるヒントを思わぬところで得られました。
あのギルマスは人間の中でも主様が言っていた『いい人間』に違いありません。
ギルドに戻るとざわついていた冒険者たちがしんと静まり返り視線がこちらに集中してきます。顔をしかめるもの、怯えているような目でこちらを見るもの、その反応は様々ですが既に主様の威光を見せつけられた後だからか。視線は殺到していますがギルドを出るまで絡まれることはありませんでした。