ドラゴンさんと吸血鬼
森で暮らすことを決意して70年ほどが経ったとある日の朝。
スキルを究極まで極めてステータスの引き上げも完了した僕たちはなにをするでもなくただただ惰眠をむさぼるだけの日々を送っていた。
そんな穏やかな僕たちの日常を壊す様に結界で遭遇した以来、何の音沙汰もなかったドラゴンが突如として姿を現した。
警戒をあらわにした僕の前に瞬時にソフィーの結界が展開された。
結界は僕たちを覆うように張られてありソフィーは勝つことができなくても僕を守る気でいるらしい。
僕が守るといってるのに……
まあ、そんなところも可愛くて好きなんだけど。
しかし、まあ、あの時と同じくドラゴンは僕たちを襲うようなそぶりは見せずそれどころかどこか落ち着かない様子だ。
……このドラゴン。前は身にまとう魔力波と僕が焦っていたこともあって気づかなかったけど、こうして魔力波をぶつけて拮抗させることができるようになって改めて見るとどうにも動きや表情が人間臭い感じがする。
『えっと俺…… 我の声が聞こえるか?」
思考していた僕の脳に声が響く。
この森にきて初めて聞いた男っぽい声。
なんとなく誰の仕業かは察しているけど、お約束的に驚いたふりをしてソフィーのほうを向いておく。焦ってるみたいで睨みつけられてしまった。
……ぐ。反射的にやったこととはいえこれじゃ僕がひるんでるみたいに見えたか。
このままでは僕の好感度が下がってしまう。
『そっちじゃないって。というか我の声で分かるであろう』
ふざけ半分、確認半分に知らん顔してみたけれど僕に話しかけてきたのは間違いなく赤竜みたい。
「……竜が喋るのか―。しかも直接脳内に。(キリっ)怠惰に過ごすのも楽しいけれど冒険が好きな僕としてはファンタジー感が増してちょっと嬉しいかも」
急にドラゴンのほうを見てしゃべりだした僕を見てソフィーが動揺した様子でこっちを見てくる。
好感度、好感度が……
今はドラゴンとの会話を優先しよう。
『! 単刀直入に聞くぞ。貴様……じゃなかった。 お主…… 君…… お前日本人だろ?』
「ふぇ?」
『その反応から察するにやっぱ日本人だな! よっしゃ! やっぱ俺の考えは間違いじゃなかったぜ!」
ドラゴンの口から飛び出した予想外の言葉に一瞬思考が停止しかけた。
当てが当たったとばかりにグハハハハハといった感じに笑うドラゴンを見て我に返った。
日本人、日本人。
はなしはなし……
……落ち着け。クローフィー。クールになるんだ。
こんな時はあれだ、天気、今日の天気を。
……曇ってるじゃん!
あと十秒、あと十秒経ったら話しかけるぞー。
じゅうーキューーーーーう
『どうした? 黙りこくって?』
何も反応がない僕を不審に思ったのかドラゴンが話しかけてきた。
ええい!話すタイミングを奪うでないわ。
こうなったら女、男?
どっちでも度胸だー!
「質問」
『おう。というかこっちのほうが質問したいことだらけなんだがな』
「あなた……何者?」
「その言葉を待ってたんだ! 俺は元日本人で竜に憑依転生した佐藤 炎だ。よろしくな!」
なるほど。合点がいったよ。
妙になれなれしい感じで話しかけてきたのは同郷の人である親近感から。
攻撃してこなかったのはおそらく僕たちが人だったから。といったところかな。
「うん。僕、クローフィー。人間。……吸血鬼。前世、NO」
意図的に言葉を減らして喋る。
これぞ!話す時間を短くするために考え抜いた究極の会話術。
名付けて、ミステリアスクール系美少女作戦!
うまくいったようでなによりだよ。
『そうか? 俺は全然かまわねーけど。分かったじゃあ……』
そこでドラゴンさん。炎さんは考え込んだように首をひねった。
しばらくうんうんと唸っていたがやがてパッと顔を上げて
『クロ! でいいか?』
「嫌」
僕。ひょっとしたらこの人とあんまり気が合わないかもしれません。
『そんな即答しなくてもいいだろ。せっかく頑張って考えたのにさあ』
ほむらさんはすねたように唇を尖らせているけど僕としてはクロはいやだ。
なんか犬の名前みたいだし。
フィーを付けろ。フィーを。ソフィーとお揃いのフィー繋がりで呼ばれたいこの気持ちが分からんのか。
ソフィーは僕の事お姉ちゃんって呼ぶから名前で呼ばれるならフィーが付いていてほしい。
「フィー、付けて」
『ん~。じゃあロフィー』
「なんで?」
『だってお前ってロリじゃん』
その言葉を聞いた瞬間僕の脳内をロリコンという言葉が埋め尽くした。
「誰が生粋の百合大好き人間だし! というかロリコンで何が悪い!」
『うお、急にどうした?』
は! しまった。ロリという言葉につい反応してしまった。
これも前世ロリコンだったことと怠惰な生活を繰り返していたせいで気が緩んだ弊害か。
くそう。僕としたことが。
『っていうかさ。オマエ喋り方おかしいよな。なんか男っぽいっていうかな』
「は? そんなわけないが。どこからどう見ても美少女なんだが?」
『やっぱオマエ元男とかそういうやつだろ』
「そ、ソンナワケナイシ……」
『っふ。まあ俺は優しいからなそこには触れておかないでやるよ。』
うざい。しかもこいつにTS転生したことが確実にバレた。最悪なんだが。
あーもうめんどくさ。いい加減女口調やめよっかなー。
……でもソフィーに嫌われたくないしなー
やっぱ辞めた。
「はぁ……俺。お前、嫌いだわ」
『ロフィーお前。口調ブレっブレだぞ」
器用にも念話で笑っていることが分かるような声音で話してくる。
こいつマジうぜえ。
「うるせーやい!」
本当こいつむかつくやろーだな。
……! っは。
やばいこいつといると口調が乱れる。
落ち着け俺…… じゃなかった僕。深呼吸深呼吸。
すう、はぁ、はあ、はあーー!
ーよし。
「……それでほむらさんはいったい何するためにここに来たの?」
『そりゃあ。同郷のよしみでよお。話し相手になってくれねえかと思ってな。これでも俺100年以上生きてるし。その間一人でいるのがマジで寂しかったのよ。 もうあれだね。今ならコミュ障とか関係なくどんな奴とでも会話できる気がするね』
「そう。悪いことは言わないからほむら、さん。あなたといるとイラつくので即刻巣に帰れ、下さい」
『いや俺巣とか持ってねえから。それにお前100年以上孤独に過ごしていた奴をまた一人に戻すって。オマエそれでも人間かよ』
「僕は吸血鬼なので関係ないしー。帰れ。今すぐ帰れ。何なら天に召されて消えてしまえ。そして死んで」
『い・や・だ・ね。俺は元々お前の家に居座るつもりでここに来たんだよ』
そういうとドラゴンは図々しくも僕の家の天井に身を縮めて寝そべった。
「ふざけんな! このクソドラゴン!」
その後武力行使で止めようとしたが敗退。辛酸をなめる結果に終わった。
ソフィーから病気か何かと誤解されてしまった。
間違いなく異世界に転生してから一番怒りを覚えた日だったと思うよ。(マンティコア……)
……マジ死ねばいいのに。あのアホドラゴン。