サフィア幼少期
多少話が重め。
サフィアの性格は書籍蜘蛛のソフィアを意識してます。
私はサフィア、十二歳よ。
突然だけど私には嫌いな人がいるわ。
クローフィー。その名を聞くだけで不快。
この世に生まれたことを後悔したことはないわ。
でも母親があんなのだったのには抗議したい。
私を創っておいて大して責任も取らずに放置し、関わりのある訓練では奇怪なポーズを取ったり叫んだりしててまともにやる気が見られないし。
そのくせなぜか強くて私はいつも負けてばかりときたわ。
なんなのよ。あの理不尽の権化みたいな存在は。
地獄に落ちればいいのに。
問題はステータスの差よ。
私のステータスは平均Dランク。
大して《《アイツ》》のステータスは平均Aランク。
地力が違い過ぎるんでしょう。
私はあんなに頑張って鍛錬してるのに全くと言っていいほどステータスは伸びない。
だというのに母は目に見えてステータスもスキルも成長していく。
覆すことのできない才能の差。
どんなに努力を重ねてもあんなのに届かない自分が情けなくてあんなのに才能を与えた天に憤怒する。
自分以外の家族の才能にも嫉妬して。
天に自分に才能を与えなかったことを憎んで
それでも感情を表に出さずに取り繕って猫を被って可愛い振りをしていた私は耐えられなくなって家を飛び出した。
ソフィーさんから外には『魔物』なる生物がいるからと外出を禁止されていたのに。
「……うぅ」
外に出た私を襲ったのは太陽。
いつも窓からは見ていたけど直射日光を浴びるとこんなに辛いとは思わなかったわ。
私の種族は吸血鬼とエルフの血が混ざったヴァンパイアエルフ。
それでも半分は吸血鬼の血が入っている私には日光は天敵だ。
アイツは完全な吸血鬼であるというのに光を全く意に介さずに日向ぼっこといって結界を張ってごろ寝していたこともあるというのに。
ますます苛立ちを感じた私は重い身体を無理矢理に動かして日陰を探す。
しばらくして見つけた影、木に体を預けて泣きじゃくる。
あんな家族のもとに生まれたのが苦しくて力のない自分が悔しくて。
泣きじゃくりながらも思考を巡らせてあの家族のもとを去ることを決めた私は『遠目』を使って空を見上げた。
飛び込んできたのは大空に張り巡らされた結界。
「え……?」
思わず声が漏れた。
だっておかしいでしょう?
どうしてこんななにもない森を結界が覆っているのよ!
一瞬疑問に思った私だけど冷静に考え直してすぐに答えに至った。
正確には感情で頭が鈍って忘れていたことを思い出した。
数年前にソフィーさんから『外には結界があるの』。と聞いていたことを。
あの時の私は本当にまだ幼かったこととそこまで大規模な魔法など見たことがなかったこともあり信じられなかった。
そして今私はその安全圏から出てしまっている。
事の重大さに気付いた私は踵を返して家を目指す。
やばいやばいやばい!
胸に感じていたどす黒い嫉妬の感情は今は凍てつくような恐怖に変わっている。
身を凍らすような恐怖に押しつぶされそうになりながらも今の自分の出せる最高速度で生存本能の赴くままに駆ける。
そんな愚かな私に忍び寄る影があった。
それも複数。
「コガァぁー」
「キュエエエエ!」
「「「グガァ」」」
前方を塞ぐコカトリスの群れに空から襲い掛かるワイバーン。
少しでも食にありつこうと後ろからやってくるゴブリンの群れ。
死の気配が充満に漂う場に震える手で剣を取りだし構える。
「はあ、ふっ、ふうふぅ」
余りの恐怖に呼吸が乱れて落ち着かない。
それを見た魔物達が愉快そうに口端を吊り上げる。
それがさらに恐怖を煽って心が砕けてしまいそうになりながらそれでも剣は離さずに握る。
やがて魔物達が一斉に襲い掛かる。
終わった。
そう思って目を閉じて死を待った。
「ドゴォ」
刹那、大地が揺れた。
予想外の事態に目を開いた私が見たのは首がなくなったワイバーンと私を守る様に立ちはだかったアイツの姿。
他の魔物も私が呆然とする間に瞬く間に剣で切り払われ、槍で体を貫かれ、どうやったのか剣が飛行して刺さり死んだ。
私を襲おうと牙を覗かせていた魔物達が呆気なく殲滅された。
「なん、で……?」
驚きに声が漏れた。
しかし次の瞬間にはプライドが傷つけられたことに視界が真っ赤に染まり口から醜い言葉があふれた。
「あんたに! あんたに助けてもらいたくなんてないのよ! 私は! 私はぁ!」
絶叫して声を張り上げる私にアイツは言った。
「無事でよかったよ」
「よくないわよ!」
殴りかかって抗議の声を上げる私。
アイツはそれをどうにか宥めようとしてくる。
「嫌いなの! 大嫌い! なんであんたみたいなやつ強いの!? どうしてあんたなんかが! なんであんたより努力している私が弱いのよ!」
あいつを目の前に罵倒の言葉を浴びせる。
一度溢れ出た不満は数分は口から止まることはなかった。
全て聞き終えたアイツはなにがおかしいのか腹を抱えて笑い出した。それがさらに怒りに拍車をかけて言葉が強くなる。
「死ね! 消えろ! いや、あんたみたいなやつは私が今ここで殺してやる!」
切っ先を向けて剣を振るう。
しかし、それを体をずらすだけで簡単に躱される。
アイツが双剣を生み出し構える。
やっと本気になったのかと続けざまに首を狙って袈裟斬り(ななめ)に振るった剣は刃を当ててずらされた。
「きゃあ!」
勢いを止めることができずに前のめりに倒れてしまう。
お気に入りの純白の服に汚れがついたわ。
それでさらに怒りが頂点に達してアイツの脳天めがけて振るった剣は片手で同じようにずらされた。
仰向けに倒れ込んだ私にアイツの剣が突き立てられた。
「気は済んだ?」
「ふん」
そっぽを向いてごまかそうとする私に苦笑するアイツ。
それにまた苛立つ。
まあでも剣が首に突き付けられていちゃ流石に動けないわ。
仕方ないので精一杯睨み付けておきましょう。
「僕はね、弱いんだよ」
「はあ?なに今更嘘ついてるわけ?」
「嘘じゃないって。ドラゴンには未だに一勝もできてないし心だって砕けたこともある」
「ふーん」
嘘嘘どうせ嘘でしょ。そうに決まってるわ。
嫌いなアイツの話なんて信じられるわけないじゃない。
「それで僕はマンティコアにね――」
だからそんなのどうでもいいのよ。
睨みつけるのに集中していたせいで話なんてろくに聞いていなかったわ。