敵か味方か
僕たちの前に突如として現れたドラゴンはソフィーが苦戦していた魔物達を一瞬にしてドラゴンブレスの一息だけで一瞬にして焼き払ってしまった。余りの事態にしばらく呆然としていたけど、とりあえず行動を起こさなければ状況は変わらない。
対話という手段をとるのには二つの理由がある。一つは意図的なものなのか、それとも単なる偶然なの僕たちの範囲にはドラゴンブレスが当たっていないこと。
もう一つはドラゴンから感じる威圧感がマンティコアとの死闘で恐怖を乗り越えた僕でも頬が引きつりそうになるぐらい圧倒的なもので正直僕が命を懸けて戦っても勝てるビジョンが見えないため。
会話の相手はドラゴン。
人軍の枠に縛られていないとはいえそれでも会話だよ会話。
前世で中二病とコミュ障を患っていた僕にはたとえ相手が人外でも気は重いのだよ。
しかもこっちは満身創痍。
そして僕は人じゃなかろうが話すのが苦手。
詰んでるような状況だけどそれでもソフィーを守るためだ。
時間稼ぎぐらいになるとしてもいざ戦闘になったら殺るしかない。
だからこれは賭けになるけれど、ドラゴンに知能があることを祈って交渉するしかない。
異世界に来ていろんな意味で一番のプレッシャーを感じながらも、なるべく無難な言葉を選んでドラゴンに声をかける。
「言葉は通じるんですか?」
しかしドラゴンには何の反応もない。
攻撃も会話もせず天を見つめている。
どうしようかと迷った挙句。僕は剣を構えた。
戦うわけじゃない。どちらかというと竜が戦う意思があるのどうか見極めるため。
剣を構えたのも攻撃にいち早く反応するためであってこっちから手を出す気はない。
戦う意思がないならよし。
あるのならば勝てる気はしないけれどなんとしてでも食い止める。
「……魔物の大群の後は、今度はファンタジーの王道ドラゴンさんが登場ですか? 最悪のタイミングだし、疲れてるし、勝てる気もしないからさすがに戦うのは勘弁してほしいんだけど……」
だからこの時自分でも驚くぐらい饒舌になったのは心のどこかで覚悟を決めていたからなのかもしれない。
辺りに静寂が続く中、僕もドラゴンも口を開かない。
永遠のようにも一瞬のようにも感じた沈黙のあと。
ドラゴンは身を翻し、どこかへ飛び去って行った。
「ーーふぅ」
身体が疲労の限界を超えていたのかその場にパタンと座り込んでため息を吐いた。
僕とドラゴンのやり取りにあっけにとられていたソフィーも駆け寄ってきて…… あれ?
「ぐふぉ」
なんとそのまま飛びついてきた。
僕のステータス的に普段ならなんてことはないソフィーの飛びつきも今の僕には結構身体に応えて思わず美少女にあるまじき変な声が出てしまった。
「ーーそふぃー。おねえちゃんがしんじゃうとおもって、それで」
ソフィーの声は震えていた。
全部僕が引き起こしたことだというのに。僕が苛立って結界の破壊を試みなければ魔物達はやってこなかったはずだ。結局僕はバカでただソフィーを危険な目に合わせただけだ。やっぱり僕はソフィーの姉を名乗る刺客なんてーー
「大丈夫だよ。ソフィー。僕は大丈夫だから…… それにソフィーをこんな目にあわせてしまったのは全部僕が……」
言葉を紡ごうとした僕にソフィーが手をギュッと強く握ってきた。
「ソフィー?」
「おねえちゃん、そふぃー。おねえちゃんがいればさびしくないよ。でもそふぃーおねえちゃんがそんなかなしいかおしてるのいやだよ」
「え……?」
僕はそんなに情けない顔をしていただろうか。自覚ないや。
「そふぃーね。たのしいの。まものはちょっとこわいけど…… でもいまのせいかつがそふぃーにとってのすべてだもん。なんでもないようなおねえちゃんとのはなしも、くんれんも、たべるのも、ねむるのも。
ぜんぶぜんぶそふぃーにとってのたいせつなじかんなの」
ソフィーはそこで一度言葉を切ってしばらくして一度口を開いた。
「それにままはいってたもん。そふぃーのしゅじょく? はえるふだからとってもながくいきられるのよーって!」
満面の笑みでそう口にするソフィー。
それは宣言だ。
この森で暮らすという子供にはあまりにも残酷な選択。
思春期真っ盛りに転生したとはいえ元高校生が心を壊したような過酷な場所だ。
そんな所に暮らそうとするなどまともな神経の人間がやることじゃない。
「本当にいいの? もしかしたら危険な魔物が跋扈するこの森で一生過ごすことになるかもしれないんだよ!?」
正直僕は割と強い。
危険な森とは言ったけど、僕にとってはさっきのドラゴンのように事故みたいな相手以外には特に危機感はない。
でもソフィーは……
「そふぃーもね。おそとでたいっておもうことはあるの。いろんなひととおはなししてともだちになってみたいの」
「--! だったら」
「でもいいの。そふぃーはおねえちゃんといればそれだけでしあわせなの」
ソフィーの笑顔は心からのものだ。
屈託のない笑み。そう見える。
事実そうなんだろうね。
「わかった。ソフィーがそういうなら。けど、いつの日か絶対。絶対に世界を観に行こう」
語気を強めてそう口にする。
これは自分への戒め。
結界を前にどうすることもできないどうしようもない自分への贖罪。
情けない姿ばかり見せてきた僕だけど。
この罪を贖うその時までソフィーがついてきてくれるなら……
「……うん!」
さらに笑みを強くして頷くソフィー。
この笑顔をずっとずっと守っていこう。
いつの日も。どこにいっても。
僕とソフィーはかけがえのない家族なんだから。