ドラゴン
意識を失い再び僕が目を覚ました時、目に映ったのは一人魔物と戦うソフィーの姿だった。
向かってくる魔物たちを黄金の結界で弾き、水魔法で押し流し、風魔法の突風の矢や風の斬撃で魔物を蹴散らしている。
周囲には魔物の血が飛散していて草も、木も、地面も皆等しく深紅に染まっている。その惨状がどれだけ長くソフィーが魔物と戦っていたのかを物語っている。
倒しても倒しても湧いてくる魔物はキリが無くその数は魔物に遮られて景色が見えないほど。
魔物の数が一向に減らない原因はおそらく僕が結界に剣をぶつけたときの衝撃音。
その事実に小さく歯噛みしながらも動くことが出来ない。
『血に飢えた獣』と『吸血鬼化』の反動で全身に普段の重力の何倍もの圧がかかっているのではないかと錯覚するほどに体が重く、鈍いのだ。
そうこうしている間にもソフィーの結界には亀裂が入り始めいつ破られてもおかしくない状況になっている。
何がソフィーを守るだ。
強くなるだ。
結局慢心して死にかけてる。
何も学ばない。
なにもできない。
僕は弱い。
醜い。バカでコミュ障でロリコンなだけのタダノ変態。
何の力もない。
完全に足手まといじゃないか。
はは……
…………自己嫌悪はこのくらいでいい。
このままじゃいずれ数に押しつぶされて死ぬだけだ。
なら僕が最後に取れる方法は一つしかない。
鉛のように重い体をどうにか動かしてうつ伏せになっていた体を仰向けへと持っていく。
「ソフィー…… だめ、だ。逃げろ」
絞り出した声は意に反して掠れていて、戦闘音に比べてひどく小さいものだった。
それでもソフィーは僕の呼ぶ声に気づいたのか魔物との戦いを続けながらもこちらを向いて
「だいじょうぶ。そふぃーつよくなったもん」
気丈に振る舞っているように見えるソフィーだが、その声は震えていて目には涙が浮かんでいる。
心情を隠してまで僕を守ろうとするソフィーの事を思うと胸が熱くなった。だけどそれ以上にその返事は僕にとって残酷で苛立ちを禁じ得ないものだった。だからつい強い言葉になった。
「バカ…… 僕はおねえちゃんだぞ。妹なら姉の言うことぐらい素直に聞けよ! 出会いから散々な姿ばかりだったんだから、こんなときぐらいかっこつけさせろよ!」
僕の鬼気迫った声に一瞬ビクッと体を震わせたソフィーだが、一向に結界を解く気配がない。
その事実は僕にとって嬉しくてでも悲しいものだった。
周囲から次々と群がっている魔物に対し、ソフィーの魔力には限界がある。結界を修復しないことが何より状況を表している。
どうやっても詰みだ。
助からない。僕もソフィーもここで死ぬ。
でもそんなのはあまりにも残酷じゃないか。
僕はいい。異世界転生が無かったらロクでもない人生を送っていただけの単なるバカだ。
だけど、ソフィーにはまだ未来がある。希望もある。未練もある。
子供なんて夢を見て当然で親に縋って当然の生き物なんだ。
そしてなによりもこの世で一番大切なたった一人の僕の妹なんだ!
「うああああ!」
気合いと決意を胸に重い体を根性だけで動かして立ち上がる。
守る。死んでも守る。そう決めた。心に誓った。
ソフィーを守れるのなら死んでもいい。
だからもう一度だけ力を寄越せ!
「『吸血鬼ーー
ーーードオオン!
僕がスキルを使おうとした刹那。
辺りに爆音が鳴り響き地が激しく上下した。
盛大に土煙が舞い、それが完全に晴れたときその中心部に現れた存在は僕を驚愕へ導き命をかけようとしたその手を止めさせるには十分すぎる生物だった。
空に羽ばたく緋色の翼。光沢のある赤い鱗は太陽光に照らされて幻想的な光を放っている。鋭く並んだ歯にトカゲのようにも見える顔。しかし、どこか気品があり威風堂々とした存在感を感じさせる。
架空の生物の筆頭。
ファンタジーの代名詞。
神話の化物。もしくは悪魔。あるいは神。
僕たちの前に現れたのは巨大な赤竜だった。