結界
朝のちょっとだけ仲の深まった事件? の後、朝食を食べ終えた僕とソフィーは森の脱出を目指して家を後にしていた。
目指すは街、村、人間界? なんでもいいから僕とソフィーが安全に暮らせそうな場所。出来たら冒険者ギルドとかあると嬉しい。美味しいもの食べたいし。
家は『血液創造』でどうとでもなるからとにかくここより安全なところだ。
あと出来たらお風呂があって美味しい食事ができるところ。
宿に風呂があったら泊まるのもありかもしれぬ。
だけどソフィーに近づいてくる阿呆は殺す。跡形もなく切り刻むぞ? うん。
と、僕がものおもいにふけっているとソフィーが声を上げた。
「おねえちゃん。あれみて!」
ソフィーが指差す先にあったのは村だった草や植物がこびりついていてどちらかと言うと廃墟に近そうなところだが、それは確かに人がいることを示す建物だった。
進み続けること一日半ようやく僕達はこの森を抜けることができたようだ。
我慢できないといった感じに走り出したソフィーを咎めながらもつい笑みが漏れる。
ようやくこの森から脱出できるという安心感とこれから起こるであろう異世界での生活に胸を踊らせていた僕の気持ちは次の瞬間バラバラに砕け散った。
ソフィーが何かに弾かれるように後ろに倒れ込んだのだ。
「ソフィー!」
サーっと頭から血の気がひいてソフィーに駆け寄る。
さらに僕達を絶望させるものが目前にあった。それは壁。僕が見たのものは淡く輝く透き通った金色の壁。
それには見覚えがあった。無属性魔術の練習とかでソフィーが使っていた結界だ。
それと酷似したものだった。
しかし大きさはその比ではない。
ソフィーが使っていた結界は半径5メートル程度のものだった
しかしこの結界はドーム状でさながら森全体を覆うように作られている。まるで僕たちの行動を嘲笑う様に佇んでいた。
言葉を失う。
さっきまでの能天気な気持ちはどこかへ行ってしまった。
なんで?僕たちが何をしたっていうんだ。どうして?
「ーーおねえちゃん……」
声が聞こえて意識を戻すとソフィーが不安げな瞳でこちらを覗いていた。
ハッと目が覚めたような気がした。
ソフィーは今きっと胸がはちきれそうになほど苦しいはずだ。
生まれてから今まで人里に出たこともなく、暗い森の中母親と二人きりで暮らして、僕と出会ってからは魔物と戦う戦々恐々とした日々。普通の子供が送る日常じゃない。
道が開けたと思った先は塞がっていて出られないだなんてひどすぎる話じゃないか。
それなら僕はその壁をぶち壊してでも進むべきじゃないのか。
「大丈夫」
「……うん!」
その一言でソフィーは僕の意図をくみとったようで、不安げな表情を少しだけ和らげてトテトテと壁から離れていった。
『血に飢えた獣』『血液操作』『血液創造』
『裁きの血剣』『破滅の赤』
3つのスキルを同時に起動し今の僕の持ちうる最大威力の攻撃を放つ。上空へ飛んで宙を舞い呼び出された大剣を掴んで上段から下段にかけて勢いよく振り下ろす。
「ぉおおお!」
雄叫びと共に繰り出された一撃は大気を唸らせ、風を切り、轟音を響かせて結界と衝突した。
けたましい金属音を響かせて火花が散ったのは一瞬の事で僕の剣はあっけなく弾き返された。
『吸血鬼化』
このスキルは本来絶対に使わないと決めていたスキルだ。
このスキルは発動すると絶大な力を得る代わりに吸血衝動が抑えられなくなる。
歯は鋭い八重歯に、背中からは蝙蝠のような羽が生える。
半日以内に一度は生物の血を吸うことがなければその体は朽ち初め3日もしないうちに死に至る。さらには日光に対してやたらと耐性が弱まり強い個体でも1分も浴び続ければ死に至る。
制限を得る代わりに絶大な力を得る。
諸刃の剣のようにおもえるスキルだけど、一度発動すれば解除することはできずその特性は一生付きまとうことになる。
つまりこのスキルを一度発動すれば文字通り吸血鬼となる。
血を吸わなければ生きることのできない化け物だ。
いわば呪いに近いこのスキル。
しかし、このスキルを使うことが可能になった。
その理由は僕のステータスに知らぬ間に変化していたスキルの効果。
称号スキル
『始祖』が
『始祖の吸血鬼』へと変化、いや進化していたのだ。
マンティコアとの死闘の後落ち着いてから気が付いたからおそらくはあの一戦で変化したのだろうけどその詳細まではわからない。
その効果は『吸血鬼化』で得られる力の半分を意図的に開放することができるというもの。
勿論デメリットはある。いつも通りの倦怠感と一時的なステータスの弱体化、それに加えて吸血衝動。しかし大きな違いはそれが一度で収まるという点。
つまり呪いはない。
さらには1分の間ならば血を吸う欲求も抑え無条件で発動することができる。
飛行が可能になると僕には大きなメリットが生まれる。
背丈に合わず一度しか放つことのできなかった「エリュトロン」を何度でも振るうことができるのだ。
「ぁああぁぁああ!」
一心不乱に剣を振りかざす。
ぶつかるたびに生み出される衝撃波と突風を身体に受けながらも気合で打ち消し、ガムシャラに血剣を叩きこむ。
それでも結界にはヒビすら入れることもできず、ひどい倦怠感と絶望の中に僕の意識は溶けていった。
――――
盾と矛がぶつかり火花を散らして生み出された大音響は辺りに轟音を生み出した。その衝撃は外界の人間の耳にも届き『世界の怒り』と呼ばれ幾重もの説が唱えられ、多くの議論を生んだのだがそれは本人の知る由もない。