それでも
朦朧とした意識の中クローフィーは外で戦うソフィーの姿を見た。
危険も顧みずに戦うその姿は戦うことを否定して恐怖の感情を閉じ込めたどっかのだれかとは大違いである。
(なんで……)
疑問が頭を駆け巡るがすぐに思考を放棄した。
(助けなきゃ)
心の底から初めて失いたくないと思った。
その人の前では強くありたいと願った。
偽善か勇気かそれとも愛情か。
だが、確かにソフィーはクローフィーの閉ざされた心に灯をともした。
湧き上がってくるのは猛烈な怒り。
それは恐怖に震えて動けない自分の情けなさとマンティコアへの。
弱い自分はもういらない。
怖気づいた心は怒りの炎に染まって奮起する。
自分がつらいならそれでいい。
人なんて嫌いだし自分の事も大嫌いだ。あんな醜い生物この世から消えてしまえばいいとさえ思う。
でもソフィーは好きだ。大好きだ。
矛盾した考えだと自分でも思う。
愛情も友情も恋愛も全て生きるために必要のないことだと切り捨てて生きてきたのに。
そんな僕が今更誰かを守りたいだなんておこがましいことかもしれない。
でもそれでもソフィーが僕のことを必要としてくれるなら……
♢
「はっ!」
心が身体に共鳴した。同時に体に活力が戻り自分の意思で動くようになる。目に飛び込んできたのは瞳を爛々と輝かせる化け物の姿。その姿が、威容が、恐ろしく、一度敗北した記憶と相まって恐怖が津波のように押し寄せてくる。
自然と体がたじろいで後退りを始める。
脳内では逃げろと言わんばかりに警鐘がかき乱れる。
「ぅおおおお!」
それでも逃げはしない。諦めはしない。
震える足を気合で押さえつけ、前に。
荒くなる呼吸を唇を噛んで縫い付けて前へ。
僕が進む間もギラギラとした目を輝かせこちらを見据えるマンティコアと真っ向から対峙する。
マンティコアに動きが見えた瞬間即座に横に跳んだ。
直後僕が元居た場所に大爪が振るわれ行き場を失った力が地面を陥没させた。
まともに殺りあえば瞬殺される。
マンティコアから放たれる致命の一撃を予備動作から読み取り横へ、前へ転がりながら躱していく。
「ぐるがああ」
焦れたようにマンティコアが咆えて尾が飛んでくる。
「それを待ってた!」
超速で迫りくる尾に向けて裁きの血剣を振りかぶる。
これなら奴の振るわれた尾の衝撃も相まって切り裂けるはず。
「ぐっ」
しかし、思惑は外れ、切り裂くどころか尾に弾きだされ体が宙を舞った。
吹き飛ばされて明暗した視界を頭を振って払いのけ、剣を握る。
武器を取ったことに安堵の息を吐く。
刹那、地面を巨大な影が覆った。
「っ!」
轟音。元居た場所に巨大な腕が振り下ろされ大地を揺らす。
一瞬でも反応が遅れていれば潰されていた。
生死が問われる極限状態、僕は自分の手首を限界まで深く切りつけた。
頭がおかしくなったわけじゃない。
これしか方法がなかったから。
跳躍し血だまりの底から現れた剣を握る。
今僕が持ちうる力、天にまで届きそうな大剣を。
「『破滅の赤』」
「ブラッドメテオ!」
轟音とともに振り下ろされた斬撃がマンティコアの爪と衝突する。辺りにソニックブームを生み出して、木々がその衝撃に耐えられずに吹き飛んでいく。
力は拮抗し、やがてエリュトロンが消えた。
「ちっ!」
思わず悪態を吐く。今持ちうる限りの全ての力を込めた斬撃が防がれた。それを嘆いている暇もなく、地面に着地した瞬間に高速で尾が飛んできた。
咄嗟に「血液創造」で盾を生成する。が、それでも勢いを止めきれずに吹き飛ばされる。
グルグルと視界が回り跳びそうになる意識を気合で繋ぎ止め、体制を整えて踏みとどまる。
吐きそうで気持ち悪い。
一撃一撃が致命傷に為り得る戦いがこんなにも過酷なものだなんて。
コンティニューでもできればいいけどここはゲームの世界に似ている世界で会って現実だ。
そんな法則は存在しない。
だから死ぬ覚悟でなんだってやってやる。
ソフィーを救うためならば、痛みなんて怖くない。
吹き飛ばされてできた間合いを利用して犠牲になっていない左手を斬りつける。
『血に飢えた獣』『血液操作』を使い、荒れ狂う力を自分の中にとどめる。
『再生』でできるだけ身体をもとの状態に戻して、再び剣を握る。
再び縮まる間合い。
鮮血の双刃を発動して、懐に潜り込み、首を落とそうと斬撃を放つ。
が、返ってきたのは肉を裂く感触ではなく、岩に剣を充てたような衝撃。さっきは捉えきれていなかった動きは見通せるものの決め手が足りていない。
スピードでもデストロイでも肉を裂くことすら叶わない。
打つ手なし。もうどうしようもない。
絶望が頭をよぎり、身体が無力感に支配されていく。
身体から力が抜けてへなへなと膝から崩れ落ちる。
動きの止まった僕に大口を開けて襲い来るマンティコア。
それでも最後に一矢報いてやろうと『裁きの魔槍』を射出した。
口の中に向かって。
それが功をなした。
「ぐじぇえあ」
今まで平然としていたマンティコアが痛みに悶え、唸り、闇雲に攻撃を繰り出している。
その瞬間僕は勝利を確信した。
「『血液操作』」
――ドオオォン!
周りの草花を盛大に撒き散らしマンティコアが地に伏す。
この戦い、マンティコアに少しでも血を流させれば勝ちだった。
これまで、そこまでの強敵に出会うことがなかったため使う機会がなかった『血液操作』。
死んだ魔物の血を利用して『血液創造』の代償にするぐらいしか用途がなかったけれど、敵に使えば即死級の武器になりうる。
その効果は『血』の流れを止める。
すなわち『死』。
完全に息絶えているマンティコアの口内に保険として『裁きの魔槍』を十数本打ち込んでおく。
確実にとどめは刺しておくとかそんなんじゃない。
ただ単純にソフィーを傷つけたこいつを殺してもなお腹の虫がおさまらなかったから。
「終わった……」
この瞬間。長かった僕のマンティコアとの戦いが終焉を迎えた。
けど、まだ安心してはいられない。
「ソフィー!」
何よりも、誰よりも大切なソフィーが生死の狭間を彷徨って入るのだから。