『血に飢えた獣』 ソフィーの苦悩
クローフィーの意識はこの時。一つのスキルにより支配されていた。
そのスキルは『血に飢えた獣』
血に飢えた獣は自我の強いものが発動すれば意識が完全に潰えることはない。
だが、この時のクローフィーにはいささかタイミングが悪すぎた。
フラッシュバックと共に再び顔を出そうとした恐怖の感情は自分を守るために使われた『血に飢えた獣』により閉ざされた。
すなわちクローフィーがとる行動はただ一つに絞られる。
「ガァぁあああああぁ!」
獣のような咆哮と共に本能に打ち出されるままに少女が突進する。
それに気づいたマンティコアはめんどくさそうに軽く尾を振った。
それだけで少女は吹き飛ばされた。
――――ドオオッ!! と、あたりに轟音が鳴り響き少女は勢いそのままに木に激突した。マンティコアがやったことは人間が虫を追い払う動作に似ているだろう。
だから逃げてしまえば、あるいは気絶してしまえば少女は楽だったのかもしれない。
だが、『血に飢えた獣』に完全に掌握されている状態の少女のステータスは前よりも数段高かった。
それにより僅かながらに意識が残ってしまっていたのだ。
『再生』を使い急速に傷が回復していくなか、少女は踵を返そうとしたマンティコアに再び刃を向けた。
吸血鬼は本来は剣を使わない。
始祖であり『血液創造』を持つクローフィーだからこそ、器用に扱う真似ができる。
では吸血鬼の武器はなにか?
それは鋭く伸びた爪である。
人間の爪よりはるかに強靭なそれは確かに並みの相手ならひとたまりもない。
だが、マンティコアのように硬い皮膚をもつ魔物にはなんど攻撃しても傷一つ付けられないだろう。
つまり無謀な突撃。
少女の意識に関係なく、己を守るために生み出された感情の欠落と意識の封印は『死』という最悪の結果を生み出そうとしていた。
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ソフィーside
お姉ちゃんは不思議な人だった。
見ず知らずのそふぃーを魔物から助けてくれて、見たこともない可愛いお洋服やお風呂なるものにも入れてくれた。
ままがしんじゃったことについてきくとわだいをそらすし、めがおよいでいるからうそをついているとおもうけど、そふぃーはお姉ちゃんが優しい人だって知ってるからあえて聞かないの。
なんとなくそふぃーのためをおもってやってるってわかるもん!
ままと暮らしていた時は魔法で水浴びをすることくらいしかなかったからあたたかいおみずにはいるのはなんだかとってもきもちよかったの!
そんなやさしいおねえちゃんだけど、ねているときうなされていることがあったの。それはちいさなものじゃなくて、ウンウンと唸っては、くるしそうな表情を浮かべて、涙が垂れていることもあった。
(たいへんだ!) と思っておねえちゃんをおこしたら涙はぴたりと収まっていて、ゆめのことをきいてもなにもおぼえていないようすだったの。
ほかにもおねえちゃんのまほうでたべものはつくれるのにときどきふらふらとそとにでていくことがあったの。
かえってきたあとはいつもつらそうなひょうじょうで、きたくしたしゅんかんにたおれてしまうこともあったの……
そんな日々が毎日のようにつづいたの。
それがそふぃーはふあんでしんぱいでだいすきなおねえちゃんがくるしんでいるのに、なにもしてあげられないそふぃーがなさけなくて、ちっぽけで、くやしくて。
だからすこしでもゆめでうなされないようにあたまをなでてあげることもあったの。起きている時ははずかしそうで、ほおがあかかったきがするけど、
そふぃーにはわかるの! あれはきっとよろこんでいるの!
ねていて、うなされているときになでるとじゃっかんひょうじょうがやわらいだきがしたの。でもそれでもまだくるしそうだったの……
そんな生活がしばらくつづいてそふぃーのふあんはじょじょにおおきくなっていったの。
おねえちゃんがままとおなじようにいつか唐突に倒れてしまうんじゃないかって、死んでしまうんじゃないかって。
おねえちゃんとのくんれんとたんれんでたたかえるようになったそふぃーはあるひ、こっそりあとをつけたの。おねえちゃんにそとにでたいっていったらことわられたけれどそふぃーはおねえちゃんがしんぱいなの!
だけれどそれがさいしょでさいごになるとはおもってもみなかったの。