名前
プレハブまで移動した僕たちは木製の椅子に座り、向かい合って虚ろな目をしていた少女、ソフィーから事情を聴いていた。
「そふぃ、はぁ。そふぃーはぁ うぐ……」
ソフィーはなんと自殺しようとしていたらしく、それを叱りつけたら泣き出してしまった。
さすがに泣きじゃくる少女に向かって説教を続けられるほど根が深くない僕はソフィーをどうにか宥めて落ち着かせた。ソフィーに事情を聴けば、ポツリ、ポツリとではあるが一生懸命に事の起こりを話してくれた。
その一つ一つを聴いていくうちになんだかとても重要なことが分かってしまった。
ソフィーから聴けばここは『禁忌の森』と呼ばれているらしく、人間が住むことも、侵攻してくることもないらしい。
どうりでだれにも出会わなかったわけだと納得していると、言葉を紡ごうとしていたソフィーがまた泣き始めてしまいそうだった。
「そふぃーのせいでぇ、まま、ままがぁ……!」
ソフィーは自責の念に駆られて死のうと思ったけど、魔物と目が合った瞬間。怖くて足に力が入らなくなってしまったらしい。それでどうにもならなくなっていたところを僕が助けたみたい。というかソフィーの母さんって……
「ソフィーのお母さん…… ままがしんだのはソフィーのせいじゃないと思うよ?」
「ふぇ?」
「だって家の前で倒れていたんでしょう。外傷もなかったなら、それは……」
途中まで話したのに次の言葉をためらってしまう。
幼い子供に『君のままは餓死で死んだんだ』なんて無慈悲なことを言っていいものだろうか。
「ままは、まま…… ぐすっ」
僕がどうするべきかと迷っている間にも、ソフィーは再び泣き出してしまった。
うーーん。さっきからずっと泣いてばかりだよ。
このままではソフィーがおかしくなってしまいそうだし、正直気が進まないけれど、泣き止ませる方法はこれしかないかも。
「ソフィーは…… そんなにままのことが好きだったの?」
「……ぐすっ、うん……」
「じゃあ僕がソフィーのままになってあげようか?」
「まま……?」
「うん。ソフィーがつらいときはいつでも僕の事を頼ってくれていい。いつでも胸を貸すよ、ダメ…… かな?」
僕にも親がいたらこんな気持ちになったのかな?
ちょっと恥ずかしいけど、まま……か。
……金髪青眼幼女のエルフさんにそう呼ばれるのも悪くないかも……
「だめじゃないけど、おねえちゃんはままじゃないよ?」
胸中でバカなことを考えているとソフィーから意外な一言が返ってきておもわず椅子から転げ落ちそうになった。
「え? どうして?」
「だってままとちがって、おむねちいさいし、せもちっちゃいよ? だからおねえちゃんはままじゃないよ?」
ぐふっ 気にしてたとこを突かれた。
し、しかもそんな不思議そうな目でのぞき込まれたら何も言い返せないよ……
「じゃ、じゃあお姉ちゃんでもいいからさ。ね?」
「うん…… おねえちゃん。ありがとう!」
笑顔を取り戻し屈託のない笑みを浮かべるソフィー。
根は活発な子なのかもしれない。
そうだと嬉しいな。
「どういたしましてだよ! 子供が泣いてばかりいるのは見てられないからね!」
「おねえちゃん…………」
「ソフィーの母さんに代わって。ソフィーの事はお姉ちゃんままが責任をもって育てるよ!」
椅子から立ち上がり、ドンと胸を叩いてそう宣言した。
「うーん。でもおねえちゃんは、やっぱりままじゃないとおもうけど。そうだ! おねえちゃんておなまえないの?」
ママであることを断固として否定されていることに軽くショックを受けていると、ちょっと意外な質問が飛んできた。
「名前、かぁ…… 考えたこともなかったなあ……」
「じゃあ。そふぃーがつけてもいい?」
うぐっ ソフィーがキラキラとした目でお願いしてくるだなんて卑怯だよ、眩しくて尊死してしまいそうだよ。
だから僕にはうなずく選択肢以外なかったんだよ。
うん…… お姉ちゃん。どんな名前でもソフィーが考えた名前ならちょっとくらい変でもドンと受け止めるよ!
ソフィーはしばらくうんうんと唸っていたがやがてパっと天使のような笑みを浮かべた。
どうやら思いついたようだ。
喜色満面のソフィーの口から出た言葉は
「『クローフィー』おねえちゃん! 」だった。
……ぼ、僕よりもネーミングセンスが高いのでは?




