準備
僅かな光も入ることのない深夜のプレハブ。
かつて恐怖に震えて動けなかった体は今はその機能を確かに取り戻していた。
それと同時に精神が『血に飢えた獣』に徐々に浸食され始めていることを彼女はまだ知らなかった。
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「暗い……」
朝。以外にも早くに目が覚めてしまった僕は薄暗い視界を『夜目』を使って視界を確保する。
とりあえず顔を洗おうと洗面所に移動する。
プラスチック製の丸い桶に水をためて顔を洗う。
続いて、掌から少量の水を『血液創造』で生み出し髪につけ、串で髪を解く。
鏡に見える自分の姿は黒みを帯びた深紅の髪。
肩ほどまで伸びた髪はろくに手入れをしていないというのにずっと触っていたくなるぐらいにサラサラだ。
髪と同じく赤色の瞳。充血とは異なる透き通った瞳の色は日本では忌避の視線が集まりそう。
容姿端麗でまだ年場のいかない外人風の美少女。
本当に、一部の層が見たら歓声の声を上げそうな美少女になってしまったなぁ。
……美少女になってしまったことに今更不満はないけれど、せっかく美少女になったんだからこんな森早く出て美女、美少女達と百合の花を咲かせてみたいものだ。
「まさか憧れの一人暮らしがこんなに寂しくてつまらないものだとはなぁ。」
この体になってから感じたことだが、僕の思考は変わっていないつもりではあるんだけれど、思考や言動も外見通りの少女みたいになってしまっている気がするんだが……
「……だぁァぁァッ! もう! 頭が悪いのに考えててもしょうがない! とりあえず百合とか考えられてるうちはたぶん大丈夫だろう! たぶん!」
考えていてもきりがないし、落ち込んでてもどうにもならないのでとりあえず思考放棄!
「…………」
よし、気持ちから切り替えていこう!
『血液創造』で新品の黒セットを作って手早く着替える。
毎日新品の服を着ているので洗濯の必要なしなのだ!
『血液創造』このスキルのおかげで僕は森の中の一人暮らしでも、日本にいたときと大して変わらない生活を確保できているのだ。
『血液創造』さんホントありがとう。マジに助かってるんだよ。
――――――
外に出るとまだ朝日の出ていない森は当然ながら手探りで進んでいくしかないぐらいに闇が深い。しかし、『夜目』発動状態の僕は五感全てが鋭くなっているため迷うこともなく順調に夜道を進んでいく。
しばらくして、目的の場所に到着した。
時々魔物に出くわしたが適当に剣で切り裂いたり殴ったりして瞬殺した。
僕の前には薄緑色の淡い光を放つ幻想的な湖が広がっている。
どういった仕組みで輝いているのかは、わからないけど飲み水として機能していることは確かなようで、現在もゴブリンやコボルト、恐ろしいことにコカトリスの集団まで集まって行水を楽しんでいる。
無駄な戦闘は避けたいので素早く茂みに隠れて湖のほうをじっと見る。
魔物の水浴びなんて地獄絵図は見ていたくないのだが、僕がここに来たのはマンティコアの血を吸うためだ。
『血を吸う』至高の時を思えばこの目をそむけたくなる光景も目的を達成するための苦労と思えば少しは緩和できるし我慢できるというものだ。