『禁忌の森』再び
やってきました。
我が生まれ故郷。
『禁忌の森』でございます。
え? なんで聖王国の王都にいたのに此処にいるのかって?
甘いなあ。
唯でさえ僕らは指名手配の凶悪人物よ。
冒険者の訓練施設も草原諸々。
変装してない限り使えないうえに強くなろうとして本気なんて出すと変装が100%崩れるわけ。
そんなわけで選んだのが生まれ故郷。
『禁忌の森』自体、聖王国の最果てにあるわけだけどそこは傍迷惑なドラゴンに反省の意味も込めて運んでもらってる。
といっても移動時間は2時間ほどかかる。
いつ破壊神の儀式とやらに動きがあるかもわからんので毎日帰る。
つまり往復4時間。
ドラゴンが本気のスピードで進めば半分の時間で行くことも可能らしいんだけど音速以上になると僕たちが乗っていられないので止む無し。
そんなわけで王都で闇の住人(獣人やエルフなどの亜人)から情報を得るチームと『禁忌の森』でステータスの底上げと鍛錬、修行するチームの二つに分けて行動することにした。
初日の今日は僕とヨナの二人…… といいたいところなんだけどノクスとシェイラもついてきた。
どうにもノクスは老剣士に負けたことがショックだったらしく是が非でも強くなりたいらしい、シェイラちゃんはその付き添い。
「ここが『禁忌の森』なんだね」
「そ、魔物ばっかで嫌になるとこ」
森に降りた途端にこれですよ。
始まりのコカトリスにコボルト、ゴブリン。
げ、ドラゴンを恐れてかワイバーンまでこっち寄ってきた。
多種多様な魔物たちがお帰りなさいといわんばかりにお出迎え。
「す、すごい数だね」
ほら見なさい。
数年冒険者、傭兵として活動したヨナさんがこういうんですよ。
どれだけ此処にいる魔物の数と種類が他地域と一線を画しているのか、推して知るべしだね。
「ハハっ! ひっさびさに暴れるぜぇー!」
四方を囲んでいた魔物たちをノクスの剣が一閃する。
熱を走らせる紅蓮剣が弧を描きすべての魔物を断ち切った。
「あぶない。バカノクス」
そう、弧を描いたのである。
そうなると、ノクスの剣の届く間合いにいる僕らも巻き込まれるわけで。
「あぶないっすよ。兄貴」
「うっせぇ。お前らなら躱せるだろうが」
躱せたら不快じゃないと思ってるのかこの戦闘狂。
ホント連れてこなきゃよかったかな。
「お、珍しい。コボルトロードがいんぞ」
『遠目』か何か持っているのかそんなことを言い放ち、不敵な笑みを浮かべながら猛進していくノクス。
「ちょっ、待ってくださいっす。兄貴ぃ〜」
それを慌てて追いかけるシェイラちゃん。
走ってる姿もかぁいいなあ。
「……」
ヨナの無言の視線が怖い。
あの射殺すような眼。
バジリスクといい勝負だね。
……なんか視線がさらに鋭くなった気がする。
「フィーちゃん。そういえばこの前。一妻多妻夫制がどうとかいってなかったけ?」
「えと……」
まずい話を蒸し返してきちゃったー。
ヤバいやばい。あの時はシェイラちゃんを仲間に引き入れることしか考えてなくて勢いで行ってしまったというかなんというか。
「ヴァあああ!!」
「ま、魔物が来たしその話はまた後日に――」
「……っち」
舌打ちされた。今露骨に舌打ちしたよね!?
僕は悪い吸血鬼じゃないよ。
青々とした翼をかっぴろげ、意気揚々と急降下してくるのは『禁忌の森』の空の覇者。ワイバーン君。
地上のマンティコアと空のワイバーン。
これがセットでついてくる『禁忌の森』は、並大抵の実力のものの侵入を許さない。
当時は僕も酷い目にあったし。
『吸血鬼化』
「『鮮血の双刃』」
血液創造を起動し、魔力のみで血の双剣を創造する。
本来なら『死の血剣』を用いたいところだけど、質量的に小回りが効かない。
故に、この選択。
急降下して向かってくるワイバーンの首目掛け、逆手に持った「『鮮血の双刃』」の片割れを向けて固定。
相手の勢いを利用して、手早く首を切断する。
重音を響かせてワイバーンの首が落下する。
「おお〜」
一連の光景を目の当たりにしたヨナが、パチパチと投げやりな拍手を送ってくる。悪い気はしないものの、若干馬鹿にされてる感が否めない。子供扱いしないでほしい。
年齢的には僕の方がお兄さん。じゃなくて、お姉さんだと言うのに。解せぬ。
「ワイバーンの鱗は硬い。倒すのはコツが必要」
だがしかし、若干ながらヨナが驚いてくれたのは事実なので、ここは先程の話をなーなーにするため、話を思いっ切り逸らしにかかる。
「だろうね。幼い頃じいじに習った」
あっれれぇ〜。おかしいぞぉ〜。
ここは僕が熟練の知識をひけらかして、胸を張るところでしょう?
これだから育ちの良い貴族は。
僕の年上としての威厳を見せる千載一遇のチャンスだったのに。
「それはそれとして、フィーちゃん。さっきの話の続きだけどー」
「グブルぁあぁぁぁあ!!」
と、またしてもヨナの言葉を遮り現れる化け物。
現れたのは、隆起した筋肉と、パワフルなツノを携えた、屈強な魔物。
ダンジョンで深紅の瞳に白髪の少年がよく戦っているあの生物である。
僕にとっての越えるべき相手はマンティコアだったけど、なにかがちがったら、ミノタウロス君だったかもしれない。
どこかのねむみ系吸血鬼とは友達だったりしたけど。
『禁忌の森』を舐めてはいけない。
運が悪いと毎秒魔物が襲ってくるような危険地帯だぞここは。
いったい、誰ですの。
こんな危険地帯に、100年近く定住していたおばかさんは……
僕ら家族ですわ~~~~~~~~~!!
「間が悪い……」
不機嫌な様子を隠そうともせず、瞬時に彼我の距離を詰め、ミノタウロスに拳を浴びせるヨナ。
「うぐぉぅう!?」
ミノタウロスは存外ダメージを受けたのか、相貌を歪める。
ミノタウロスは、Bランク推奨で竜ほどではないしろ、皮膚がかなり硬いというのに。やっぱりヨナは順調に成長してるな(後方腕組待機)
「ボサっとしてないで、フィーちゃんも手伝って!!」
「ふぇ〜い」
ヨナの訴えに間延びした返事を返し、助太刀にはせさんずる。
八重歯で親指をそれなりに深く噛み、空中に血を散布。
「『破滅の赤』」!!
血を媒介に生み出された巨大剣を天空に掲げ、ミノタウロスに向けて裁きの一撃を繰り出す。
剣は寸分違わずミノタウロスの脳天に命中し、その体を断絶した。
真っ二つに切り分けられた身体が、血のシャワーを使って横転する。
「ふぃ〜」
地味に、一度は試して見たかった八重歯での血の散布、そして、血液創造による血と魔力を媒体にした巨大剣の創造。
地に足をつけて戦う、鈍足な魔物にはやはり『破滅の赤』が有効打になりやすい。
他の地域ではここまでの魔物に出くわす事があまりないから、久々に良い肩慣らしになった。
「……」
ヨナが若干引いてる気がするけど、気にしない。
むしろ話を誤魔化せてラッキーである。
それに、修行はまだ始まったばかりである。
来るべき悪魔アディルとの決戦に向けて、僕だけじゃなくてヨナ達にも少しは強くなってもらわねば。