たとえこの命が尽きようとも
私は真っ白な空間にいた。
死んだはずなのに、そこには今まで私がやってきた所業が、罪が、走馬灯が流れている。
やがてそれも消える。
残ったのはただただ白い空間。
だけれど、不思議にもスキルを使っている感覚がある。
体はピクリとも動かない。
イーラが泣きじゃくる声が聞こえる。
私は、そうだ皇帝を倒せなくて、それで。
イーラには泣いてほしくない。
皇帝のこともまだ裁いて、救えていない。
まだ、まだ私はなにも為せていない。
皇帝を止めないと世界が危機に瀕するとわかっていながら死ぬなんて、それは私の正義が許さない。
誰か、せめて誰かがこの意識を、意志を繋いでほしい。
「―――気に入った。お主のその願い聞き届けてやろう」
そんな声が脳内に聞こえた。
光が、いや、破壊するような黒が白い空間を塗りつぶし、やがてなにも見えなく、聞こえなくなる。
けれど不思議と不快感はない。
私はその黒に身を任せることにした。
願うならば、私の意思をついで、誰か、誰かあの哀れな人を裁いてあげて欲しい。
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「私を斬らなくていいのか?」
「……今はそんな気分じゃないっす」
ようやく収まった涙を拭いてそう答える。
既に周りを帝国軍が囲んでいて場は大騒ぎになってるっすけど、私には関係のないことっす。
薄々、勘付いてはいたっす。
サリエラ様は他人や人を助けるために平気で体を投げ出す。
きっとそんな生き方をすれば早死するって。
いつか思い半ばで力尽きることになるって。
あの人は頑固っすから、きっと私がそれを面と向かって注意しても、それでも辞めようとはしないと思ったすから。
その後、私は帝国軍に身柄を押さえられ、地下の懲罰号に入れられたっす。
でもサリエラ様も各地で勇者として慕われていたっすから、帝国軍も流石に分が悪いと悟ったのか、私をすぐに解放したっす。
サリエラ様の死はエルフの住む森から出た強大な魔物と相打ちになったということになったっす。
サリエラ様のご遺体は功績が讃えられたことで勇者を最初に取り上げた聖王国に埋葬する。
という意見が出たんすけど、獣王様の調べでは、聖王国はどうもきな臭いということで、各国を説得して、名誉の死として、力尽きた所をそのままに森に埋められることになったっす。
その際、エルフたちがやってきて、涙ぐみながら
『この方のご厚意を返せるような、然るべき対応を取らせていただきます』
なんて言ってたっすけど、あいつらエルフの慣習だとかのたまいて、サリエラ様を土にそのまま埋めようとしたっすからね。
死ぬ気で説得して棺桶を使って、サリエラ様個人の墓標も建てさせたっす。
今ではその森が、勇者を死に追いやった魔境とか、誰が言ったのか『禁忌の森』なんて呼ばれるようになったのはとんだ皮肉っすね。
そのせいで結界が張られて、サリエラ様のお墓参りに行くことすら出来なくなったっす。
その上、あの皇帝がなにかしたのかわかんないっすけど、いきなり各地で強い魔物が出現して世界の人口が激減したっす。
此処、獣王国はサリエラ様と長い付き合いであり、一国の王である獣王様がサリエラ様が死んだのは事故ではなく故意であると、発表し、身構えていたおかげで魔物の襲撃に対応できて、軽い被害で済んだっすけど。
サリエラ様を悼み、みんなで故郷、サリエラの村に言ったこともあったっすけど、死因は隠し通したっす。
サリエラ様自身、真実を話すことを望んでないと思うっすよね。
獣王様は関係ないとばかりに民達に話しちゃったっすけど、私は他の誰にも話すつもりはないっす。
底なしのお人好しのサリエラ様なら、『私なんかのためにみんなの苦しんでる顔は見たくない』とか言いそうっすもん。
あの人の意向に従いたいっす。
そして意思も引き継いでいきたい。
……我ながら傲慢っすね。
あの方に付き添って、結果足手まといになった私があの方の意思を継ぐなんて。
でも私にもっと力があれば、あの人に守られるんじゃなく、守れたかもしれないっす。
少なくとも着いてきてくれる人は、賛同してくれる人はいたからこれでいいと信じたいっす。
今はまだ私の獣闘師団『蒼炎』にはそこまでの力はないっす。
でもその子供でもそのまた子供でもいい。
いつか、いつかこの『蒼炎』の部隊の誰かが、あの方の意思を継いで、あの男を、帝国皇帝、アデル。
悪魔アデルを討ち果たす人が出ると信じて。
それが叶わぬ夢でも、サリエラ様と同列の勇気ある人が生まれたとき、せめて、肩を並べて、少しでも支えられるように。
いつかあの方に匹敵する誰かが現れたとき、隣で支えられる誰かが現れるように。