森の中のエルフ
禁忌の森
彼女が過ごしている森は世界ではそう呼ばれている。
もともとは国同士の戦において夜戦を行うなどして戦う場所となっていた。加えて、自然を愛し、魔法に長けていたエルフたちが多く暮らしていた。
開拓を行おうとする人間たちをエルフたちが阻んでいたこともありこの森だけが国家に囲まれる形で開拓が進んでいなかった。
吸血鬼が生まれるより遥か昔、年数にして、1000年以上も前のこと。
とある森に現れた人間、他種族を襲う凶悪な『魔物』と呼ばれる生物を、国家同士が手を組み討伐することになった。
外に出てきた魔物は今も世界中に蔓延っているが、種族繁栄以外の魔物の出現、ポップにより魔物が絶えることなく生み出されているのはこの森のみであり、そして森の魔物はどういうわけか通常の魔物より数段強い。世界中に住む『知的生命体』に指定される種族は『結界』のスキルを持つ者を総動員して森全体に巨大な結界を張った。当時、森で暮らしていたエルフたちをも巻き込む形になったが。
だが、世界の異変はそれだけにはとどまらず、結界を張った後も各地で魔物が出現するようになった。
かつて英雄と謳われた冒険者はこう語った。
「魔物の根源ともいえる場所が『禁忌の森』なのだ。」と。
多くの人がこの意味を理解することができなかった。
英雄も死去を迎えその真意がわからぬままとなったが、各国はこう捉えた。
「あの森は危険すぎる」と……
世界におけるすべての国があの森に手出しをしないという不可侵条約が締結され、その森は誰が呼んだのか定かではないが『禁忌の森』と呼ばれるようになった。
禁忌の森に取り残された一部のエルフたちはその大半が凶悪な魔物達に喰われるか、自らその命を絶った。
最後まで残ったエルフの精鋭たちも、増え続ける魔物に対処しきれなくなり死亡していった。そして吸血鬼がマンティコアと戦う事を決めたのと同日『禁忌の森』に生きているエルフは一人になった。
その少女が『禁忌の森』最後のエルフの生き残りである。
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季節は梅雨。
五月雨の鳴りやまない暗い森の中。
小さな扉のついた、かまくらのような形をした家の前。
危険な魔物が蔓延る森の中で、一人泣き崩れる少女がいた。
「ママぁあぁぁ…… やだ。やだよぉぅ…… しんじゃ、しんじゃいやだよぅ」
少女の前には一人の女性が倒れている。
外傷は見られないが、息をしていない。
子供でも、幼い少女でも理解できたのだ。
大好きな母親がもうこの世には還らないことを。
少女は不思議で仕方がなかった。
なぜこの世界は自分たちにこんなにも残酷なのかが。
どうしてあんなにやさしかった母が死ななければならなかったのか?
なぜ目の前で母は倒れて死んでいるのか?
その時。少女の脳裏に一つの可能性がよぎった。
それは少女が初めて母に口にした。ちょっとしたお願いのはずだった。
「ま、……さか、ぁ」
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2年前
「まま? どぉしちぇ、そふぃーはおそとにでちゃいけにゃいの?」
子供特有の好奇心からかソフィーは初めて自分が外に出れないことに疑問を持った。 仕方がないだろう。彼女はまだ生まれて3年もたっていないのだから
「それはね。フィーちゃん。お外にはこわ~い魔物がいるからよ」
「まものてなぁにぃ?」
「私たちを食べちゃうこわーい。こわーい生き物の事よ。」
「ぇ~! ままいなくなったらやー!」
「うふふ。いなくなったりしないわょ! ママとフィーはずっと一緒よ! 」
「うん! ……でもぉやっぱりおそちょ、でたいよぉ」
「ダ~メ。お外に出るのはフィーちゃんがもうちょっと大人になってからのお楽しみだよ!」
「えぇ~ そふぃーはもう大人だよおぅ」
頬を膨らませてポカポカと母のお腹をたたくソフィー。
エルフの女性はそれになおも笑みを崩すことなく答えた。
「なら、その代わり! ママがフィーの好きなものを一つとってきてあげようじゃないか!」
「やった。じゃあ~…………」
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「グスっ、……そふぃーがあんなお願いしなければ、まま、ままは……」
2年前。ソフィーは母親に一つお願いをしていた。
それは、確かに3歳になった子供が喜ぶようなものでどうしても欲しいものだったのだろう。
「ともだちなんていらないからぁ。ソフィーはままがいれば。それだけでいいのにぃ……」
ソフィーが頼んだのは繋がりだった。
人間だれしも一人では生きていけないように子供ながらに母親の笑顔の奥に隠れた、苦しみや不安を抱えていることを子供ながらに見抜いたソフィーは少しでも大好きな母の負担を少しでも減らしたかったのだ。
だから、ともだち。
ソフィーの母が話していた友達とはどんな時も助け合える。
一緒にいて笑顔になれる。
元気をもらえる。
素晴らしいものだ。
魔法みたいだ。
夢のようなものだ。
ソフィーはそれを聞いていたから母にも、ともだちがいたら本心から笑顔になってくれる。
そう。思ったから……
「そふぃーは…… そふぃはー、ぁう……」
降りしきる雨音にソフィーの悲痛な叫びは掻き消された。