似たもの同士
「あの時の……」
帝国に趣き、勇者の身分を使って取り付けた謁見の間で私を待っていたのは、何度夢に見たかわからない、私を理性のない化け物に変えた男の顔だった。
「勇者が来るとは聞いていたが、まさか、あの時の娘、とはな」
額に手を付き、呆れたといったように首を揺らす皇帝。黒光りする、椅子に座る頭にとぐろを巻いた角を生やした皇帝と片膝を着いて跪く私。
「堅苦しい政事には飽き飽きしていたところだ。単刀直入に聞こう。なにをしに来た?」
「フを――」
「なんだ?」
「エルフを開放してください」
「断る」
顔色一つ変えずに皇帝は私の言葉を切り捨てた。
そしてそれと同時に巨大な十字架が私目掛けて飛んできた。
「っ!」
突然の攻撃に驚きながらもかろうじてそれを躱す。
しかし、私が避けたと同時に十字架が反転し、再び私に迫る。
「全く。とんだ失敗作だな。せっかく私が憎き人間たちを殺す力を与えてやったというのに、勇者などと面倒なものになった挙げ句、あまつさえ私の計画まで邪魔をするとは」
しばらく攻撃が続き、倒せないと判断したのか、十字架を床に付けた男がそんなことを口にする。
「どうして、なんであなたはそんな非道な真似ができるの!?」
声を張り上げて問いただす。
わからなかった。私にたくさんの人を殺させたことも、エルフを支配したことも、この男がやっていることは人の道を外れている。
勇者としての活動をしてきてこれほど凍てついて、色のない、悲しい瞳は見たことがない。
「どうして? それは至極単純だ。私が大っ嫌いだからだよ。人間が」
声音は殆ど変わっていない。
けれど、その声は今まで私が、聞いてきた声の誰よりも、憎しみを、憎悪を孕んでいた。
「むしろ私は不思議でならないのだ。お前こそ親に捨てられておきながら、どうして親を恨まない? 憎まない?」
憎む、か。確かに私は少なからず私のことを捨てた母を恨んでいるし、憎んでいる。
けれど、生前に父さんが幾度となく話してくれた。
騎士は弱きを助け、悪を払う存在ではなく、悪を助ける存在だと。
処罰を起こす前に、人を正しい方向に導くのが本当の騎士だと。
だから、どんな人間でも、罪人でも賊でも憎んではダメだと。
できるならばせめて、せめて正しき道に更生できるよう、時間を掛けて説得するべきだ、と。
「真に世を平和にするには罪人を、悪を作らないこと」
「なに?」
「あなたは罪人、罪をつぐなって」
至極全うで、正しい主張。
それを聞いた皇帝はなにを思ったのか不敵に嗤った。
「お前は人間に期待しすぎている。世の中には他人に同調し、平気で人を傷つけるものがいる。なにをいってもそういう輩は自分たちは正しいことをしていると主張する。私はね。変えたいんだよ。欲望と醜悪に満ちた人間の、この世界を。誰に憎まれようと恨まれようと関係ない。恨みも憎しみも力で圧するまで。今まで理不尽に暴力を与えられ、ひどい言葉を浴びせられた真の善なるものだけが存在する楽園を作りたいのだよ」
「……それ以外の人間たちはどうするの?」
「殺す」
その返答に息を呑む。
嫌い。ただそれだけで大虐殺を、人を殺すだなんて、余りにも身勝手で、乱暴なやり方だ。
「本気で言ってるの?」
「ああ、大真面目だとも」
確かに、人間は醜いかもしれない。
少し魔が差しただけで、悪魔のような所業を行うこともあるかもしれない。
けど、けれど私はそれでも人を信じたい。
だから、そのためにもそんな無益な殺生をさせない。
今ここで、この場でこの哀れな人を止める、止めて見せる。
決意を新たに私は剣を抜刀した。
「答えはそれか。不思議なものだな。私と境遇は大差ないというのに、全く考え方が相容れない。人を殺して真に信じるに足る人物だけが生き残ることを望む私と、性善説を掲げる貴様。死ぬ前に覚えておけ、お綺麗な言葉を並べるだけでは意見は貫き通せないということを」
皇帝に向かい疾走する。
今、自分が持てる最大の速さで。
無力化するために足を狙う。
『ガキィィン』
が、まるで金属にでも当たったかのように弾かれた。
獣王様から頂いた『白銀の剣』がそれだけで刃こぼれする。
魔力的なもので弾かれたわけではない。
ただ単に体に刃が通らなかった。
「諦めろ、貴様に私は倒せん」
さらに手刀で剣を半ばから折られる。
あまりの自体に硬直しそうになる体をどうにか動かし、バックステップ。
仕切り直す。
……今までここまで強い人と出会ったことがない。
獣王様は強いけれど、私が本気で剣を振るえば、傷の一つはできる。
今まで感じた事もない圧迫感が体を突き刺す。
凍てついた、射殺すような視線がこちらを向いている。
……きっとどうあってもスキルを使わないとこの人は倒せない。
またあの時のように暴走することはしたくない。
なら『吸血鬼化』が暴走しない程度の限りであの人を、あの人を《《裁く》》術を。
獣王様から貰った白銀の剣。
それを模して剣を創造する。
が、私の種族が吸血鬼という負に近い存在のせいか、現れたのは私の意に反して純黒の剣だった。刀身には赤が刻まれている。
そう、これはあの哀れな人を裁く剣。
吸血鬼という醜い獣になってもそれでも悪人を、罪人を斬り、更生させるための剣。
名付けるならば、『「裁きの血剣!」』