イーラ
弔いの旅が終わり、私が14歳になったころ。
「エルフ、ですか?」
「ああ」
私は獣王様からエルフの話を聞いていた。
「お前には森から離れようとしないエルフ達を外に出るよう、促してほしい」
それはエルフの話。
私には縁もゆかりもないと思っていた亜人。
他ならぬ私が今は亜人なのだけれど、その亜人であるエルフが強力な魔物が出る森から立ち退かないそうなのだ。
このままではその場所だけ開拓が進まず、近隣の国々は被害を受ける可能性もあるため、なんとしてでもその森をどうにかしようとしているらしいのだが、どういうわけかエルフが攻撃してくるらしい。
それも奇妙なことに口では肯定を示し、和解を求めているのに、行動は明確な敵対で、不気味に思った国々がエルフの迫害をほのめかすような行動を始めているらしい。
「いけるか。サリエラ?」
「任せてください」
獣王様の問いに私は胸に手を当て、語気を強めて返事を返す。
困っている人がいるなら見捨てない。
それが、父が、私が目指す騎士道だから。
さらに言えば、私情にはなるけれど、その森は私が捨てられた際、あの男と出会った森だ。
つまりいかない理由もない。
話を聞いてる間に向かうことは決めていた。
私が吸血鬼にされたのもあの森だ。
きっとあの森には、私の知らないなにかがある。
ひょっとしたらあの男にも繋がりがあるかもしれない。
「サリエラ様、私もついていくっす」
有無を言わさぬ感じにくっついてくる一人の獣人。
私が旅の際、一人では寂しいだろうと獣王様が、気を聞かせて付けてくれた、私と同年代のイーラという獣耳の女の子だ。
栗色の髪を私に押し付けながら、その機嫌を表すように尻尾を振っている。
前は任務という事もあり一緒に行動できていなかったけれど、普段はほぼ毎日一緒にいる。
けど旅も終わって私ももう一人前の騎士なのに、なにかと私に追随してくる。
「えへへー。サリエラ様ぁ」
イーラは私に抱き着いては猫なで声を上げるちょっと変わった子だ。
私も最初は戸惑ったけれど、もう慣れて、引きずる様に歩いている。
森までの距離は遠い。
獣王国の領土を出て、さらに森を進み、小国や大国を横断した場所にある。
馬車を使うより早い私の足でも、一年はかかる。
その道中、宿泊していた宿屋でイーラがこんなことを言った。
「どうしてサリエラ様はそんなにいい人なんすか?」
「……私はいい人じゃないよ」
「でも皆サリエラ様の事を慕ってるっすよ?」
答えが出なかった。
私はいい人ではない。
『吸血鬼化』の暴走状態の際、多くの人を虐殺した外道だ。
獣王様は避難は完了していたとは言っていたけれど、逃げ遅れた人や、避難した土地でお金を稼げず、餓死してしまった人だっていたはずだ。
間接的にとはいえ、戦場に赴いていなかった民間人までも、殺してしまったのだから。
「サリエラ様は、一人で背負い込み過ぎだと思うっす。私が童顔ってだけで、子ども扱いして、戦う時でも、いつも誇り高くて、弱いところを見せなくて」
「私が苦しむだけでいいならそれがいい」
それはそうだ。
騎士は誰にも弱みを見せず、弱きを守り、悪を挫くものだ。
負担は私一人が背負っていればだれも傷つくことはない。
「もう。私は心配していってるんす! サリエラ様。私はあなたのこと尊敬してるし、憧れてるっす。小さい時からずっと一緒にいるし、友達として鼻が高いっす。でも、でも! たまには私の事も頼ってほしいっすよ……」
表情一つ崩さない私にイーラが癇癪を起したようにまくしたてる。
心配。それは獣王様も言っていた。
気をつけてって。
気にかけてくれた。
けど、けれど私にそんなものは―
「……もういいっす。わかってくれなくたって。けど、けれどこれだけは覚えておくっす。サリエラ! サリエラ様がピンチになったら私が、イーラが絶対に守ります!」
「わかった」
不承不承。それに頷く。
うーん。私はイーラに守られるつもりはないし、守る側だと思うんだけど。




