怪物と獣王の嘆息
悪魔アディルが文献を元に構成し、一人の少女に与えた『吸血鬼』という種族は狩猟本能を暴走させ、負の感情を表に出させるという、まるで人間の性悪説に基づいて作られたような種族だった。
目に入った生物すべてを敵と認識し、必要のない殺戮を行う。
人間だったころの体を残していながらも、その体は魔力が続く限り食事、睡眠を必要としない。
まさしく醜い獣。忌まわしい化け物。万物から恐れられる怪物。
厄介なことにそのステータスは非常に高く、『再生』能力すら宿しているという。
「怪物ねえ」
その資料に目を通した初代獣王。
王室と呼んでいいほど広いその部屋で獣王が、ライガが嘆息する。
弱肉強食を価値観とするため、人間からは血の気が多いと思われている獣人たちだが、殺し合いが大好きな戦闘狂というわけではない。
悪魔で自分たちが生きるために狩りをし、仲間を守るのであって戦いが好きというわけではないのだ。
獣王たるライガも喧嘩は好きだが、早死したいわけではない。
本来ならば進んでそんな怪物と戦うような真似はしない。
本来ならば。
「突如として国同士の戦争に現れ、両国家の部隊を壊滅状態にまで追い込んだ上、隣国に逃亡した部隊以外は全滅、さらにまだ捕まって、殺されてもいないときた。そしてそいつは調べた情報だと此処に向かってきている」
「ライガ様……」
側近が心配そうな目でライガの事を見る。
「俺が出るしか、ねえよな」
当時、獣であった頃、群れの長で最も知能が高かったライガも、獣王国ができ、統治する獣人の数も膨れ上がったことで、他国との政治などは側近や大臣、公爵に任せっきりだった。
そこでライガは悟ったのだ。
自分は政では活躍できないと。
だからこそ広くなった縄張り《こくど》の獣人たちを守るために、自らが率先して戦場に赴き、敵をなぎ倒し、味方を鼓舞し、士気を上げるような武王が向いていると。
そのために毎日のように訓練と鍛錬をし、王でありながら国付近に現れる魔物の討伐などを率先して請け負っていた。
が、今回は相手があまりに強い。
国同士の小競り合い程度の戦争だったとはいえ、森から突如として現れ、千人を相手に立ち回り、両軍ともに壊滅状態に追い込んだ怪物なのだから。
資料には化け物とか、新種の魔物とか書かれているが、生残り、獣王国に訪れた誰もが口を揃えて人間に近い姿をしていたと証言している。
遠い森。
強力な魔物が跋扈する場所に自分たち以外のの亜人、エルフという種が住んでいるという情報は獣王も掴んでいたが、名前も種族名すら決定していない亜人とは。
「他国の野郎どももふざけるのも大概にしろっつの」
ここ獣王国に新種の亜人が向かっていることもあり、他国に武人として知られる獣王に国際会議で命じられたのは対象の捕獲。
相手は殺戮することしか脳がなく、容赦なく襲いかかってくるというのに、殺せ、ではなく捕えろというのだ。
無論、獣王も一個軍レベルを壊滅状態に追い込んだことはあるものの、手加減しろというのは不安が募る一方であった。
「はあ」
獣王はもう一度深く嘆息した。
生物なら森羅万象が思うこと。
生への執着。
武王として立つことが役目とはいえ、ライガとて、死にたいわけではないのだ。