吸血鬼の始まり
私はなんでもない平民だった。
けれど、一つ誇れることがあった。
それは父が騎士団に所属していたことと、自分の綺麗な銀髪。
パパは隊長とか団長とかそんな大それた役割じゃなく一兵士だったけれど、それでも友人や近所の人達に自慢するくらいは誇れることだった。
そしてそんな一兵士であるパパに惚れて、貴族の身分を返却してまで、結婚したママ。
正義感が強く、高潔で優しいパパと美人で柔和な笑みが似合うママ。
波乱万丈でも色褪せているわけでもない平凡な生活。
でも、私はそれがたまらなく幸せだった。
こんな日々がずっと続いたらいいな。
幼かった私はそんなセリフが口癖だった。
しかし、その幸せは私が5歳になった時、呆気なく砕けた。
唐突にママから告げられた。
お父さんが死んじゃったって。
戦争で殉職したって。
聖王国という大国と戦って立派に散っていったって。
私は動揺した。
父が死んだこともそう。私たちの住んでいた国が聖王国の属国になってしまったこともそう。
自分の幸せがバラバラと砕け落ちる音がして、ママの胸の中で一晩中泣いた。
砕け落ちた幸せは不幸となってさらに加速した。
父が殉職したことで、お金がなくなった。
美人で有名だったママが私を養うために水商売に繰り出すようになった。
月日が経つたびに窶れていくママを小さかった私はただ支えることしかできなかった。
そんな生活が続いて、3年が過ぎたころ。
優しかったママが私に暴力を振るい始めた。
私はそれを受け入れた。
何もできないこの身が悪いと想ったから。
最初は動揺したし、泣きじゃくったけれど日々が経つに連れ泣くのはやめた。
耐えることにした。
幼い頃に、パパが死んじゃった時に向けてくれた、私を想って寄り添ってくれるママがいつか帰ってきてくれると信じて。
毎日毎日、ママに殴られるのを蹴られるのを、罵詈雑言を浴びせられるのを笑ってごまかして、気丈に振る舞って耐えた。
「え?」
そうして気が付いたら森の中にいた。
一瞬、状況が理解できなかった。
自分がどうしてこんな場所にいるのか。
けれどその疑問はすぐに消えた、気づいた。
幼い頃、貧相な服を着て、盗みを働いている子供を見たことがある。
父はそれを見て哀れな子供だと言っていった。
母には『見ちゃいけません』といって手を回して目を塞がれた。
きっと私もあれと同じになったんだって。
捨てられたんだって。
確かに前日、ママに私が悪魔の子と言われた気がする。
私が、悪い子だからママは私を捨てたのだろうか。
パパが生きていたらこんなことにはならなかったのだろうか。
わからないわからないわからない。
考えても考えても答えは出ない。
体に溢れるのは無力感だけ。
幼い頃、パパに聞かされたことがある。
森や山には魔物が出るから子供や女性が行くと危ないって。
私はきっとこのままここで朽ちて、魔物に貪り食われるんだろう。
それでも生存本能が顔を覗かせる。
パパは言ってた。
何事も最後まで諦めるなって。
「くっ!!」
だから私は諦めないことにした。
森さえ抜ければ誰かに助けてもらえる。そう自分に言い聞かせ、ひたすらに
脚を動かした。
涙で視界が滲んでも、体が枝に当たって、擦り切れても、つまずいて転んでも、前へ、前へ進み続けた。
それでも見えない。
先も見えない。
暗くて見えない。
走って走って走り続けて、気づけば夜になっていた。
私はどうしようもない無力感とともに森の中で意識を手放した。
▼▼▼▼▼▼
「捨て子か」
聞こえた声で目を覚ます。
鬱蒼とした森の中、強力な魔物が多いと言われているところなのはママから聞いたことがあった。
それ故、滅多に人が近づかなくて、助けが来ない場所だという事も理解していた。
一日飲まず食わずで走り続けた体はもうまともに動かない。
私はもう死していくだけなのだと、そう思っていた。
「—! た、たすけてっ」
思わず懇願した。
パパは言っていた、ママは言っていた。
私のことをいつも一番に想っていると。
私が生きていることが私達の、僕達の支えだって。
なら、なら私は生きたい。生きていたい。
優しかったママもパパもいなくなっちゃったけど、それでも私は生きていきたい。
「ふむ」
男の人が値踏みするような視線で私のことをみる。
「助けて」
ほとんどもう感覚の残っていない右手を必死に動かして男の人の足を掴む。
「哀れな」
私の行動を見た男の人は何を思ったのか呆れたような笑みを浮かべて、そして
「もう長くない、か。ならばせめて、おまえをこんな目に遭わせた奴らを殺す力を与えよう」
よくわからない事をブツブツとつぶやく男の人。
何事かを呟き終えたあと、唐突に男の人は私の額に手を添えた。
「お前は今日から吸血鬼だ」
瞬間、体が熱を帯びたように熱くなった。
それとともに目の前が真っ赤に染まっていく。
ゆっくり、ゆっくりと意識が塗りつぶされて、目の前の光景が朧になっていく。
「ぇあ」
気づけば意識はその赤に塗りつぶされ、本能が血と殺戮を求めていた。
※主人公交代のお知らせ。
この章はサリエラの生前の話になります。
年代があまりにも適当なので、たぶん矛盾しまくってる気がしますが、多めに見ていただけると幸いです。
さらに、10話くらい主人公が出てきません。
クローフィー君はしばらく休暇を取って南の島にバカンスに行ってるそうです。(てきとう)